迫撃砲陣地
安宅丸が、峠道に重迫撃砲を五基設置した。南側の斜面を見上げる。山火事のため、下草は無くなり、焦げた立木が無数に立っている。
その向こう、見上げたところに尾根が延びている。尾根まで六町(六百六十メートル)程の距離があった。
重迫の射程内だった。
重迫撃砲に榴弾を入れる。カランという音がして、砲身の中を榴弾が下っていく。砲身の底に撃針が立っている。撃針が落ちてきた榴弾の尾部にある雷管を叩く。
雷管が爆発して推進薬に火をつけた。
ドンッという響く音がして、榴弾が尾根を目指して飛んで行った。
榴弾が尾根を越えて、向こう側で爆発する。
すこし手前に射程を修正してして、次の榴弾を発射する。尾根の稜線に届いたようだ。
銃をもった兵百名が南斜面で待機している。それ以上行くのは危険だろう、と安宅丸が判断した線を守っていた。
二十名程を峠まで呼び戻し、二人一組の軽迫撃砲隊を作る。
一人は、軽迫撃砲を持ち、もう一人は、軽迫用の榴弾の箱を担がせた。軽迫隊が銃兵の守る線まで戻ったところで、尾根に向かって前進を命じた。
五基の重迫の照準が定まり、乱射を始める。尾根の線に沿って、いくつもの爆発が起き始めた。その線に向かって銃兵が前進する。
敵兵の矢は、飛んでこない。榴弾の爆発に驚いて、尾根を放棄したのだろう。
軽迫のちいさな爆発が始まる。尾根が軽迫の射程内にはいったようだ。
安宅丸が重迫撃砲の攻撃を停止させた。
爆発が止み、尾根の稜線で白い旗が振られた。尾根を掌握した合図だ。
安宅丸が尾根に立つ。尾根付近の木は東軍により切られており、北側も南側も遠くまで見えた。西側は、真っすぐに赤崎の浜まで見通せ、その先に敦賀の町が見えた。
赤崎の海岸線あたりが、重迫の最大射程だろう。
振り返って東側を見ると真下にウツロギ峠から木ノ芽川の関に至る道が見え、その先に小高い丘を挟んで葉原の集落が見える。
斯波義敏の軍が、葉原から丘を迂回して、安宅丸の補給路を東から脅かすかもしれない。これはずっと安宅丸の心配していたことだ。
それが、ここからならすべて見え、しかも、こちらも重迫の射程内だ。
“これは、いい場所だ。ここまで重迫を上げよう”安宅丸が思った。
ここまで上がってきて、気づいたことがあった。いままで補給路の西側の心配をしてこなかった。補給路側から見たとき、傾斜が大きく西側から斜面を越えてくることはないだろうと思っていたからだ。
しかし、ここから見ると、今回敵が来た赤崎だけではなく、何か所か敦賀側から補給路を攻撃することができる経路があった。
安宅丸が見た所、今いる所から、南に八町程いったところに、最高位峰がある。東側を守るのならば、あそこに迫撃砲陣地を置くのが最良なのだろう。あそこならば、全周が見渡せる。
そこまでいくのは難しくなさそうだが、周囲の木を切り倒し、視界を開くのは大変だろう。それに、あの位置では西側と峠の押さえが弱くなる。やはり重迫を置くのは、いまいるここがいい。
安宅丸が、少し考えた。
あそこに、観測所を置くか。
人が歩いていくくらいの道ならば、鉈を使って切り開けるだろう。矢倉を建てるためには、周囲の木を数本切るだけでいい。
「ここに重迫撃砲陣地、あの高地に観測所を置こうと思う」安宅丸が十人隊長を二人集めて言った。
「君は重迫撃砲陣地に設置する重迫を調達してくれ。五十鈴から、もう五門重迫撃砲を持ってきて、峠にある五門と合わせて、十門をこの高地に配備してほしい。榴弾はまだ余っているので今回は五十鈴から運んでこなくともよい」一方の十人隊長に言った。
「もう一人の君は、あの高地に観測所を建てて欲しい。鉈と斧を四本、あと縄束と信号旗一式を五十鈴から持って来るように。あと必要と思うものがあれば、それも持ってきてくれ」安宅丸が言った。
「あの距離だと、双眼鏡が必要になりそうですね」十人隊長が言う。
「君の言う通りだろう。双眼鏡も、向こうとこちら分、二台持ってきてほしい」
十市城の戦いの時には、簡単な望遠鏡しか使えなかったが、これまでに石英丸は双眼鏡も作っていた。ただ、すこし光軸がずれることがあり、使いにくい。
「それに、五十鈴の艦長に指示がある。ここに砦を作ると、木ノ芽川関が手薄になる。砲艦名取と鬼怒から五十名ずつ兵を出して、こちらに向かわせてほしい。それと榴弾も、二艦から五十鈴に移すようにしてくれ」そういって、榴弾数を指定した。
二人の十人隊長が隊員を従えて、峠に向かって下っていった。
安宅丸が残った者の一部を周囲の哨戒に出し、残りの者で、砦を作らせ始めた。
東軍側の兵が、同様に簡単な砦を作ろうとしていたようであった。周囲の木を伐り、それを材木にして、組み立てかけてあった。迫撃砲の爆発で一部壊れていたが、彼らの砦を利用させてもらうことにした。




