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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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多連装噴進砲(MLRS)

『たまがき』の前に朝食の食膳がある。干したイワシを焼いたもの、玄米、ワカメの味噌汁、夏カブの茎を塩揉みしたものなどが並んでいた。

 味噌汁の椀に小さな同心円の波が立つ。を置いて砲声が聞こえる。

「砲、ですか。また撃ち始めましたね」『たまがき』が言う。

「そのようだな」祐清ゆうせいが答える。

いくさ、いつまで続くんでしょうか」

「さて、わからんが、しかし長くは続くまい。片田様の軍の方が優勢だ」

「早く終わるといいですね」

「そうなんだが、戦が終わったら、私は仁和寺にんなじに帰ることになるかもしれぬ」

「え、どうしてですか」

「片田様が考える和泉いずみ国には、地頭も荘園も無いようだ。荘園が無くなれば、私の仕事もなくなる」

「あんなに苦労して水を回したり、シイタケ小屋を作ったりしたのに、荘園が無くなってしまうのですか」

「まあ、片田様に随分ずいぶんと手伝ってもらったのだがな」

「ですけれど、取り上げるというのは、あんまりではないでしょうか」

『たまがき』が不満そうに言った。祐清様が京都に帰る、など考えたくもなかった。




 加圧された荏胡麻油が余熱装置を通って気化させられる。それに火がけられ、青く力強い炎がゴーッという音を立てて燃えた。

 炎が発する熱風は、横倒しになっている熱気球の口に向けられる。ぐったりとしている気球がふくらみはじめる。

 やがて、気球が離陸する。藤蔓ふじづるを編んで作った籠は地表に固定されている。

 鉛の輪をじゃらじゃら言わせながら、小柄な観測兵が籠に乗り込む。一度籠が地面まで沈みこむが、やがてまた地面から離れた。

 止め綱が解かれ、長い綱の尾を引きながら気球は空にあがっていった。


 箪笥たんすを大きくしたような物を乗せた四輪の荷車が、八頭立ての馬車にひかれてやってくる。箪笥は経緯儀けいいぎのようなものの上に載せられていた。

 後続する十五頭の荷駄にだには、長方形の柱のような納体コンテナが、幾つも積まれている。最後尾の荷車には、少女が乗っていた。年の頃は『たまがき』と同じくらいか、少し上のようだった。

 紫色の風呂敷に、箱のようなものを包んで、大事そうに抱えている。

「砲撃、止めぇ」荷車が来るのを見た砲兵頭が叫んだ。


 彼らの前には豊田城が立ちはだかっている。もう五日目であった。頭上から降ってくる石に耐えている。

 彼らは、城内の会所かいしょや馬屋などを解体し、その板や柱で兵の頭上に仮設の屋根を作っていた。



 箪笥の化け物は、荷台の前後に小さな台を噛ませられ、豊田城の方に向けられて固定される。少女、『かぞえ』が、架台に取り付けられた水準器を見ながら経緯儀を水平に固定した。

 ついで、風呂敷を開き、箱の中から分度器ぶんどきを出し、熱気球を固定している綱のところに行き、綱の傾きを測る。

「東からの風、二間というところかしらね」

 風速と綱の傾きの関係は、あらかじめ調べてあった。

次に、『かぞえ』が箱の中から金属板を組み合わせた器械を取り出す。

「砲兵の頭は、どなた」

「俺だ。これが噴進砲ふんしんほうとかいうやつか。小山様から聞いておる。到着しだい、わしを待たずに発射せよと命令されている」砲兵頭が言った。

「そう。いまから、この器械の使い方を説明するわ」

「お、おう」

「あの城との距離はどれほど、あと高度差はあるの」

「二の丸との距離は二百間、高度差は無い」砲兵頭なので、即答できる。

「そんなところでしょうね。この器械は一番下に長方形の薄い鉄板が二つあるの。合わさったところの目盛り、これが両者の高度差にあたるわ、いま高度差無しだから、れいの目盛りに合わせましょう。目盛りは等間隔ではないので、気を付けて」

「次に、今日持ってきた火箭かせんだけど、推進剤の火薬は五十もんめ(約百八十グラム)使っているの。普通の火箭より少なめね。でもその代わりに弾頭にたくさんの油が入っているの。焼夷弾しょういだんね」

「遠くに飛ばないということか」

「そう、五十匁が、二秒かけて燃焼するように作られているわ」

「二秒ってなんだ」

「いーち、にぃーい、って数えるくらいの間、という意味よ」

「わかった」

「五十匁、二秒に相当するのは、この金型なの、ここに五十匁二秒と書いてあるでしょ」そういって、いくつかの金型から一つを選ぶ。飛距離を指定すると、飛翔時間と仰角ぎょうかくが計算できるようになっていた。

「最後に今は、風速二間の追い風だから、この副尺のところで、二に合わせて補正すればいい。ね、五十二度でしょ。これが噴進砲の仰角になるわ。あとは番号の書いてあるボタンを押せば、火箭が発射される」

「計算というから、難しいものかと思っていたが、案外簡単にできるんだな」

「簡単に出来るようにするのが、難しいのよ」そういって『かぞえ』が笑う。

「で、あとは、観測兵の言ってきた弾着の差を使って、同じように出来るでしょ、飛距離を増減すれば、角度が出て来るわ。」

「わかった。やってみる」そういって、砲兵頭が噴進砲の仰角を五十二度にする。

「じゃあ、試しに一番だけ、撃ってみて」

「おう」砲兵頭が、一と書いてある釦を押す。誘爆を防ぐため、納体コンテナは密閉されており、着火は鉛電池を使った電気式に改良されていた。釦は一度押すと押されたままになり、解除釦を押さないと、再び押すことができない仕掛けだった。

 着火のための回路の一部は、火箭の胴体下部に貼られた金属板を通っていたので、火箭が飛び出してしまえば、着火回路は機能しなくなる。

 シューッという音とともに、火箭が飛び出す。撃針げきしん雷管らいかんの間に挟まれていた白い安全小板が、斜めに弾け飛んだ。

 豊田城二の丸の城壁で、大きな炎の塊が燃え、火の付いた油が広く飛び散った。

「少し手前に落ちたな」

 熱気球を固定している綱を伝って鉛の輪が落ちてくる。わえられた紙をほどく。

「二の丸中心から、九間手前、です」

 砲兵頭が修正し、もう一発、今度は十番を撃った。城内で炎が拡がった。

「いいぞ。では四十一番から五十番を連射する」

 火箭が次々と豊田城内に吸い込まれていく。やがて、炎だけではなく、黒い煙も上がり始めた。

 城内二の丸のいたるところに飛び散った油が、板や柱、兵を守る仮設の屋根を燃やし始めたのだった。

 砲兵頭は、距離と方角を少しずつ変えて、箪笥に格納された残りの三十八本の火箭も次々と放った。炎が豊田城全体に回る。

 豊田城が、黒い煙に包まれて、見えなくなった。

「まだ打つならば、納体交換が必要ね」『かぞえ』が言った。

 しかし、追加の火箭は必要なさそうであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 作れるとはいえ、多連装の噴進砲を片田さんはよく知っていましたねぇ。帝国陸軍では運用していなかった兵器ですから。
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