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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
144/619

民による、民のための……

 片田は『天龍』の左舷艦尾、上甲板より一段高い船尾甲板に立った。眼下の戎島えびすじまでは兵達が彼の方を見ていた。

 埠頭に集まったのは二千人程であろうか、残りの兵は持ち場に付いている。ここに集まった兵達から彼の話を聞くことになるであろう。


「私が、片田だ」そういって、ひとつ咳払せきばらいをする。

「これから、私が軍を起こした目的を説明しよう」そういって、片田が間を取った。


「私は、ここ堺を中心とした和泉国に新しい国を建てるために、諸君を集めた」

 ”国を建てる、だと”兵達がざわめく。


「守護になるつもりかの」という、叫び声が聞こえる。小山七郎さんの声である。これは片田があらかじめ、頼んでおいた。


「守護になるつもりはない。私は室町幕府に従わない」

”なぜだ”という声がする。彼らは他の形の国というものを知らない。


「新しい国では、国をどう治めるか、それは民が相談して決める。”たみによるたみのための政治まつりごと”を行う」

 リンカーンのパクリであるが、どうということはない。ゲティスバーグ演説は四百年後だ。こちらが元祖がんそを主張できる。


「なぜ、民による政治でなければならないか、説明する」

「大和や河内、君たちの出身地の田畑は、格子状になっているであろう。なぜだか知っているか」

「これを条里制じょうりせいという。かつてこの国には強い政権があり、律令りつりょうという法律を定めて、それに従って国をおさめていた」

“律って、聞いたことあるな。悪いことした時の罰のことだ”


「耕地を開拓し、格子状にして、一人一人に割り当てた、割り当てよとれいに書いてあったからだ」

「律令がしっかりしていたとき、この国は栄えていた。しかし時と共に律や令、とくに国の運営の仕方を定めていた令が古くなり、時代に合わなくなった」


「個人や社寺が新たな田畑を開墾かいこんし、私有しはじめた。国の様子が変わってきたのだ」

「このとき、律令という法律も、変わっていかなければならなかった。しかし、変えることができなかった」

“昔、そういうことがあったのか”


「なぜ、変えることが出来なかったのか。法律を作る権利をもつもの--これを主権者という――主権者が世襲貴族だったからだ。彼らは国の様子が変わっていることに気づくことが出来なかった。制度に守られて、日々の暮らしに不満がなかったからだ」

「従って、主権者は現場を知っている民でなければならない。これが民による政治が行われなければならない理由だ」

”なるほど、もっともだ“、”しかし、俺達に法律なんぞつくれるか”などとの声が聞かれた。


「心配することはない。最初からうまく出来るものではない。従って、当面は私が統領とうりょうとして、この国を運営していく。運営することを行政ぎょうせいと呼ぶ。うまく出来るようになってきたら、統領も民の入札いりふだで決めることにする」

”統領も民で決めるだと”、“他に出てくるやつがいるとは、思えん”


「律令が機能しなくなり、これによる支配が弱まった時、なにが起きたか。貴族たちは紛争の解決を律令という法によらず、暴力に頼った。そこに武士がおこってきた」

「幕府というものは、物事を暴力によって解決する武士たちのなかで、最も強い者による政権である。彼らは式目しきもくという武士のための法律以外を持っていない。律令に比べたら貧弱なものである」


「あれを見るがよい」そう言って片田は焼け落ちた片田商店を指さした。片田商店は戎島えびすじまの対岸にあるので、海を挟んで目の前にある。

「あれが武士のやり方だ」


 これは謀略ぼうりゃくであり、少し細川勝元に気の毒である。堺片田商店の火災は、片田の命令で、忍びの野村孫大夫まごだゆうによって放火されたものだ。片田は、自身によるこの演説に自信がなかった。そこで、あらかじめ片田商店を焼いておいたのだった。

 ここに集まる兵達は、ほぼすべて武士による乱暴を経験していたから、異存を挟む者はいなかった。

“いつものことだが、ひでぇやりかただ”、“武士はいつも、ああだ”


「従って、この新しい国には、武士を入れない」

”武士を入れないって、それじゃあ他国が攻めてきたとき、どうするんだ”


「諸君は主権者として、この国の形を決める権利を持つと同時に、納税、兵役、教育の義務を負うことになる」

”やっぱ年貢かよ”、”教育ってなんだよ。聞いた事ねぇな”、“なんか、うちの息子が、似たようなことを言っていたな、学校で習って来たとか”、“兵役?”


「納税は当初二割とする。このりつも、後には皆で法を作り変更すればよい」

”二割は安いな”彼らは三割から四割の年貢を納めていた。“年貢率を俺達で決められるようになるのかよ、すげえな”


「二割の内、一割は村に戻すので、村で相談して使い道を決めよ。身近なところから相談して決める習慣をつけるのだ。そうすれば、いずれ国政を担う人材が出てくるであろう」

”なるほどのう”


「各村で、税の使い方を決めるために、何人なんにんかを選ぶ。何人にするかは村で決めよ。これを村議会と呼ぶ。村議会で決めたこと、決めたことに従ってどのように金を使ったか、なにを作ったか。これらはすべて記録として書類に残し、村の誰でも見ることができるようにする」

“それならば、納得できるな”、“なんか、出来るような気がしてきたぞ”


「残りの一割、これは統領のところに納める。統領は他国との付き合い(外交)と、必要ならばいくさを行う。戦になったときのために、この一割を使って、軍をつくる。国民男子は等しく一定期間、兵役に就く義務を負うこととする。もちろん、この一割の使い道も文書に残して、公開する」

「百姓や商人でも戦えるように、私は、この船や、銃、砲を作った。これらがあれば、諸君でも武士と互角ごかく以上に戦えるであろう」

”結局片田殿は一割でいい、といっているようだぜ”、“そうだな、村に返ってくる一割は水路を作ったり、新田開墾かいこんに使ってもいいと言っているようだからな”、“兵役ってそういうことか”、“確かに、銃があれば武士に勝てるかもしれん”


「村議会がうまくできるようになったら、常設の国の議会を作る。そこで律令に代わる法律を作る。法律を作ることを立法りっぽうと呼ぶ。この方法ならば国の様子が変わっていくのに合わせて、法律を変えていける。ただし、そのようなことが出来るまで、時間がかかるであろう。その間は私が統領として法を定める。私一人では手に余るであろう。私の補佐を望む者があれば志願して欲しい」


「いいぞ」「俺がやる」という声があがる。ついで、歓声があがった。


「国政など、そんなことが出来るはずない、と思うかもしれない。しかし、仮に君達の代で出来なくとも、君達の子供達の代には必ず出来るようになるはずだ。そのためには子供を学校に行かせなければならない。これを教育の義務という」


「私は、そのような国を作るために挙兵した。 皆、共に立ち上がろうではないか」


“俺達の子供の時代には、そんな暮らしが出来るようになるのか”、埠頭に大歓声があふれ、いつまでも続いた。


 片田は、国民国家を作ろうとしていた。

 これより、四半世紀後、加賀において一向一揆が起きる。彼らは百年にわたり加賀で自治を行った。片田の目の前にいる民達にも出来るはずだ、そう片田は思っていた。


  片田順は、戦前に教育を受けています。

そのため、彼は条里制を律令の班田収授法に基づくものと認識しておりますが、最近の研究では班田収授法以前から条里が使われていたとされているようです。

 また、公地公民制をはじめ、律令制度の普及状況に関する彼の認識も、最近の研究とは、すこし異なっているかもしれません。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんつーか市民革命には意識が早いかも まだ国家や国民意識もないのに うーん残念
[気になる点] 正直この時代の民衆の教育レベルで民主主義的なことやろうとしても失敗するわ
[一言] これは、ヒトラーのしっぽですわ
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