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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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長尾街道(ながおかいどう)

 初秋の夜明け前である。

 野村孫大夫の先導で、犬丸の騎兵百人隊が覚慶かくけい運河の馬道めどうを一列に進む。

 堺の門の少し手前で、孫大夫が言った。

「もう、中筋なかすじに着きました。堺は目の前です。ここで舟を待ちましょう。私はえきで待っている仲間を迎えに行きます」

 孫大夫が徒歩で堺の方に歩いて行った。

 中筋とは堺と河内国の間にある村だった。『天龍』艦長の『中筋の太助』は、この村の出身だ。

 東の山のきわがわずかに青くなる。その闇の中、堺の方から三人の男達がやってきた。

「仲間の店員は無事でした」孫大夫が言う。

「よかった」犬丸が答える。


 運河の流れに任せた舟が、犬丸達に合流した。あたりが白々と明るくなってくる。

「では、行こうか」犬丸が言う。

 堺の大和口の門が見えてくる。十人程の歩兵を先行させた。

 彼らは門の両側に舟に載せてきた梯子はしごを掛け、堺の内部に侵入する。揉み合う音がした後、門の扉が開いた。彼らの前に、海まで真っすぐに伸びる堺の道が開かれた。


 堺の町を走る道は、ほぼ南北の格子状になっており、京都の町に似ている。

 南北の道で主なものを紀州道という。東西の路で主なものを大小路筋おおしょうじすじという。彼らの前に開かれた道は、大小路筋から北側二本目にあたる道だ。長尾街道と呼ばれている。

 堺の代官所は、その道沿いにある。


 土塀に囲まれた代官所の門の前に来た。また梯子を使うか、と思っていたところ、門の脇の勝手口で鍵を外す音がする。兵が戸の両側に立つ。

 老人が竹ぼうきを手にして出てくる。戸の脇に立った兵が銃身を差し込み、戸を閉められないようにした。

 老人があっけにとられる。反対側に立つ兵が、戸を引きはがすように開けた。銃身を差し込んだ兵が、老人を抱き寄せて、戸の前から移動させた。

 先頭の兵が勝手口から忍び込み周囲を見回す。敵はいない。後続に入ってこいと手招きする。兵が内部に散開する。

「門を開けろ」

 後続してきた兵が、かんぬきに取り付き、代官所の門を開ける。代官所の庭に兵が展開した。


 代官所の打橋うちはしを渡ろうとした役人が、兵が侵入してくるのを見つけて逃げていった。

 やがて、十数人程の役人が槍を持って前庭に駆け込んでくる。

「殺すなよ。膝を撃て」犬丸が言った。

 銃声が響き、幾人かが倒れた。味方が倒れたことよりも、銃声に驚いたようだった。兵が近寄り、槍を捨てよと言うと、正気に返ったように槍を構えなおす。兵達がもういちど銃を構える。

「あきらめろ、代官所は囲まれている」犬丸が言う。

 代官所の裏手で、北門を打ち破ろうとする音が聞こえてきた。役人達が槍を捨てた。


「誰が、代官か」犬丸が尋ねた。

「わしじゃ」初老の男が答える。

「我々は、片田商店の私兵である。堺での片田商店の保全と、店員の保護のために、ここにいる」店員の保護は済んでいるが、小山七郎さんに言われた、軍行動の目的をそのまま告げた。

 代官が、わずかにうろたえるような顔をした。

「わしらは、やっておらん」

「なにをやっていない、というのか」

「放火じゃ」

「商店を燃やしたのか」犬丸が言う。

「だから、やってはおらぬ」


「誰か、商店を見てこい。片田商店は、前の道を真っすぐ海までいったところの左にある」


「焼けています。屋根が落ちており、まる焼けです」帰ってきた騎兵が報告した。

 野村孫大夫達は、放火されたとは言っていなかった。ということは、彼らが逃げ出した後に、代官所が放火したのか、犬丸は思った。


 役人達が捕縛され、代官所の留置室りゅうちしつに連れていかれる。

 遅れて代官所に入ってきた野村孫大夫が言った。

わたくしどもは、これで失礼したいと思います。片田殿から、こうなった時には一度京都の片田商店に向かえ、といわれております」

「わかった、ではここで別れよう」犬丸が言う。片田商店が焼けているならば、彼らの証言は、もう不要であろう。

 犬丸も、小山七郎さんも、野村孫大夫達が忍びの者であるとは、知らされていない。本当の片田商店の商人だと思っている。彼らは、夜中に商店に押し込まれ、命からがら逃げてきた。犬丸はそう思っている。

 三人が去っていった。


 放火の件は、ひとまず置くことにしよう。

「摂津、和泉、大和の口、それぞれに三十名の兵を置く。百人隊長が指名して、先任者が一時のかしらを務めよ。また、それぞれの口から十名の騎兵を斥候として出す。十名の内一人は、口のところにとどめ置き、連絡兵とせよ。残りの兵は、俺を含め、この代官所に一時駐屯する」

 犬丸は、騎兵の十人隊長を指名して、それぞれの持ち場に派遣した。


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