千光寺(せんこうじ)
海からの涼しい風に乗って、蝉の声が響く。
大内政弘が尾道の千光寺本堂の舞台に立っている。眼下の尾道水道には、片田艦隊十八隻が停泊していた。
「大きな船であるな。のう河野」政弘が言った。
「はい、我々の関船の二倍程の長さがあります」河野通春が答える。
政弘は山頂にある千光寺を本陣としていた。兵達は海沿いの地光時に置かれている。
片田、村上義顕、高階氏が、山道を登って千光寺にやってくる。
「大和の片田順と申します、お見知りおきください」片田が大内政弘に言う。
「うむ、父は生前、片田に会いたい、としきりに言っておった。硫安工場を筑前に開いてくれたこと、感謝する」父とは大内教弘のことである。
「とんでもございません。あの地に石炭が多く産すため、あの場所に開いたまでです」
「存じておる。が、それでも博多を通じて交易が栄えることになった」
「かねて、御招きいただいていることは存じておりましたが、機会がありませんでした。鍛冶丸がうかがった時に、歓待していただいたこと、あらためてお礼申し上げます」
次に高階氏が名乗った。大内政弘も河野通春も塩飽衆が味方についたことを、大いに喜んで歓迎した。政弘は、高階氏に片田艦隊との戦闘の様子を尋ねた。
高階氏は、次々に帆が吹き飛んで、戦にならなかった、と答えた。大内政弘と河野通春は、片田艦隊の戦力をかなりなものであろう、と判断した。
「で、片田は、なぜ西軍に味方するのか」この頃、すでに山名宗全方を西軍、細川勝元方を東軍と呼ばれるようになっていた。これは京都での双方の軍が東西に位置していることによる。
「私が望んでいるのは、商売と産業の自由です」片田が言った。
「『自由』とは、どういう意味であるか」
「私が思うがままに商売をしたり、工場を開いたりすることを自由といいます」
「なるほど」
「堺にて、私の鏡台の商いが妨げられたことがありました」
「知っておる。あのときは、博多でずいぶんと鏡台が取引されて潤った」
「あのようなことを二度とさせないために、西軍に加勢することにしました」
「そういうことか。では、その『自由』とやらを保つために、どうするつもりなのか」
「堺の港を私のものにします」
「堺を獲る、というのか」堺は細川氏の港であったので、片田が堺を獲っても大内政弘は、痛くも痒くもない。片田が大陸貿易に手を出さないのであれば、むしろ競争相手がいなくなるので望ましい。
「しかし、堺を獲っても、周りの摂津も和泉も細川ではないか、すぐに潰されるのではないか」大内政弘は、片田が陸兵を持っていることを知らない。
「はい、ですので和泉国すべてを獲ります。南の紀伊国は、現在西軍が平定しましたので、攻めてくることはないでしょう」これは畠山義就の猶子、畠山政国による紀伊平定のことを言っている。紀伊はこの年の六月までに義就方になっていた。東軍が紀伊を奪い返すこともあるかもしれないが、そのような場合のため、和泉国との国境に位置する紀伊の雑賀衆に銃を与えている。
「北の摂津は、どうする」
「畠山右衛門佐様が、海への出口を求めております」義就のことである。大和川以南の摂津国を切り取り、畠山義就の支配下の河内国に併合させよう、ということだ。
「畠山に、和泉国の周囲を囲ませよう、というのか」
「そうです。さらに淡路国を攻略し、ここを海側の防衛線とすれば万全と考えます」
「淡路も獲るのか」淡路も細川一門の守護国であった。
「その先は、どうする。讃岐、阿波も攻めるのか」河野通春が尋ねる。
「いえ、そこまでは考えておりませぬ」河野通春が、喜んだらいいのか、残念がったらいいのか、不思議な顔をした。
「和泉、淡路、二国の守護になるのが、望みということだな」
「いえ、幕府に認めてもらわなくともよいのです」
「それでは、逆賊として追捕されることになるぞ」
「この戦が終わるころには、誰もそのような考え方をしなくなるでしょう」
大内政弘が閉口して黙ってしまった。室町幕府の権威が無くなる、と言い放ったようなものだからだ。
話を継がなければならぬ、と思い政弘が言った。
「そういえば、なにか望みがある、と聞いているが」
「私の艦隊のうちの、十隻が大瀬戸(関門海峡)を通過することを許可してもらいたいのです」関門海峡は長門国と筑前国との間にある海峡だ。どちらの国も大内政弘が守護をしている。
「通過を許可するのは、かまわぬが。どこへ行くのか」
「若狭です」
「はるばる若狭まで行くのか。何をする」
「東軍の兵や兵糧を運ぶ船を捕らえます」海上封鎖をするということだ。
上京の戦いの時、浦上則宗の策により、西軍の兵と兵糧は、京都に入ることが出来なかった。そのため、京都では西軍が守勢に立たされることになった。
片田は、その外側から東軍を包囲する、と言っているのであった。そのようにしておいて、摂津に大内が上陸し、京都までの道を確保してしまえば、逆に東軍が兵糧攻めにあうことになる。
片田が自分の艦隊の配置予定を説明する。●は旗艦である。
第一艦隊 ●天龍、龍田、球磨、多摩、木曽 / 明石海峡、兵庫、尼崎の封鎖
第二艦隊 ●太井、北上、長良 / 紀淡海峡の封鎖
第三艦隊 ●五十鈴、名取、由良、鬼怒 / 若狭湾の封鎖
「わかった。和泉、淡路を獲るという、お前の目論見を支持する。わしは摂津に向かう。河野、いそぎ上京することにしようではないか」大内政弘が河野通春に言った。
「村上、そちの水軍を尾道に回せ。河野の船とあわせて兵を運んでほしい」
「承知いたしました」村上義顕が答えた。
「高階、細川の船と戦うことになるが、覚悟はあるか」
「降伏した時から、その覚悟はできております」




