朝倉氏景(あさくらうじかげ)
「やつら、越前から京都に上ってきたばかりなので、何も知らねぇ」
八名程の夜盗の先頭に立つ男が、松明を片手に持って言う。
「どういうことだ」
傍らの夜盗の子分が尋ねる。彼らの後ろには、角材を背負った男達が続く。材木ではない。ホゾやホゾ穴があるところをみると、どこかの邸を解体して手に入れた角材らしかった。
「いいか、いまどき公家の邸に押し入ったところで、たいした獲物は手に入らない」
「どうしてだ、公家といゃあ、貴族だろ、絹織物とか、そういったお宝があるんじゃねぇのか」
「ところが、違う。公家のやつらはすでに貧しくなっている」
「そうなのか」
「ああ、公家や寺社が地方に持っていた荘園は、次々と武士に奪われていて、年貢が入らねぇ。そこで手持ちの物を売りながら生活している」
「そんなことになっているのか」
「そうだ、だからそんなところには押し込まない」
「じゃあ、どこに入るんだ」
「いいか、今京都で一番金を持っているのは土倉だが、そんなところは警備が厳しくって入れない。それ以外で羽振りがいいのは、室町小路と冷泉小路と交わるあたりにある鏡屋だ」
「鏡って、さいきん女子どもが騒いでいるやつか」
「そうだ、仕入れる側から売れていくそうだ」
「そりゃあ、銭を持っていそうだな」
「そうだろう、しかもそこの女主人が美人だそうだ」
『あや』のことを言っているらしい。
「そりゃあ、いいな。そこに押し込むのか」
「そうだ」
「こりゃあ、楽しみだ」
そんなことを話ながら室町小路に入ってくる。
「あ、痛てぇ」
「どうした」首謀者の男が松明を足元にかざす。
「こりゃ、ヒシの実だ。足の裏に刺さりやがった」
「なんで、こんなところにヒシの実が落ちているんだ」そういって地面を見る。あちらこちらにヒシの実が落ちていた。彼らはこの時に、なにかおかしい、と気づくべきだった。
「お、左の方はヒシがないぞ、鏡屋は目の前だ。左の方を行け」
夜盗たちが、鏡屋の正面に立つ。首謀者は、三名の男に角材を持たせ、鏡屋のくぐり戸を突き破れと命じた。
三人が勢いをつけて角材を叩きつけようとしたとき、ビシッという音がして、『あや』の店の大戸に矢が突き立つ。新藤小太郎の放った矢だった。
面食らった男の頭上に、屋根からお手玉ほどの大きさの布袋が落ちてきた。袋は細い紐で結び付けられていて、宙づりに頭の上あたりに揺れる。
火花が袋の中に入っていくと、小さな弾けるような音がして、細かい粉が周囲にまき散らされた。
「げほっ」
「うぎゃあ」
八人の男たちが、咳き込んだり、眼を押さえたりする。袋の中は山椒と石灰の粉だった。
粉が落ち着いたところを見計らって、覆面をした高山太郎四郎が屋根から飛び降り、木刀で八人を殴りつける。
ひとしきり殴りつけたところで、一人一人北側を向かせて、背中を押す。彼らはヒシの実を踏みつけながら、逃げていった。
角材を路の反対側に投げつけた太郎四郎は、藤林友保の開けたくぐり戸から、店内に入っていった。
次に来るであろう盗賊に備えて、ふたたび待機する。
どこか、他所で盗働きをしてきたのか、荷物を抱えた集団が、『あや』の店の前を駆け抜ける。数名が撒菱を踏み転倒する。彼らは悪態を吐きながら、足を引きずって去っていく。
子から、丑の刻に入ったころ、盗賊の動きも少なくなってきた。
「お頭、上に来てください」高山太郎四郎が軒端から顔を出して友保を呼ぶ。友保が梯子を使って鏡屋の屋根に登る。
「気を付けて、気取られないようにしてください」太郎四郎が囁く。
「なんだ」
「あちらを見てください」そういって室町小路の北の方を指す。
百名程の兵が、こちらに向かって来るのが見える。騎馬の将も数名いた。
「小太郎たちにも、気取られないように合図しろ」
「すでに合図しています」
友保が頭を上げ、前後を見ると、皆はいつくばって、身動きもしない。
『あや』の鏡屋に向かって来たのは、朝倉氏景の兵であった。氏景は朝倉孝景の嫡男である。彼らは斯波義廉邸の守備を任されていた部隊の一つであった。
義廉邸が炎上してしまったので、守備部隊は解散し、南を回って父の孝景の部隊に合流しようとしていた。
前の方が騒がしい。
「どうした」兵達の中心で進んでいた氏景が尋ねる。氏景は数え年で十九歳の若武者だった。
松明を持って先頭を歩いていた兵の一人が氏景のところに報告しに来た。
「この先の室町小路に、撒菱が撒いてありました。兵の一人がそれを踏んでしまい、隊列が止まりました」
「うむ」そういって、氏景は、兵をかき分けて馬を進め、先頭に出る。確かに地面にヒシの実が撒かれている。
その地面に、ぽたり、ぽたりと雨粒が落ち始めた。
“結界の中心は、あの店か”氏景が思った。その店の大戸に矢が刺さっている。
“矢柄が短いな。忍びか”、そう思い注意深くあたりを見渡す。
“山椒の匂いがする。山椒玉も使ったようだな”
氏景が騎兵を一人呼ぶ。
「西隣りの小路を見てまいれ。同じように結界が敷いてあるかもしれん」
その騎兵は足軽から松明を借り、駆け去った。
雨が強くなりはじめる。
ややしばらくして騎兵が帰ってきたときには夕立のようになっていた。
「となりの小路にも、ヒシの実が撒いてあります」
“そういうことか”氏景が思った。しかし、夜中に加えて、土砂降りの雨では、こちらの分が悪い。
「引き返す。別の小路を行こうぞ」
氏景は、馬の向きを変え、来た道を戻りはじめた。彼の兵達が、雨飛沫の中に消えた。




