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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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大演習 2

 青軍の陣。小山朝基あさもと犬丸いぬまるが、寄せてくる赤軍を見下ろしていた。

「二つに分かれましたね」犬丸が言う。

「そうだな、騎兵を中央の尾根の先に残して、歩兵は、北の尾根の向こう側に回るようだ」朝基さんが言う。朝基さんは、小山七郎さんの息子で、三十代半ばほどだろうか。

「残った騎兵は三百騎くらいでしょうね。ずいぶんと残しましたね」犬丸はすこし口惜しそうに言った。

「うむ。父らしい。用心深いやりかただ」

「どうしましょう」犬丸が尋ねる。

「五百騎、全部連れていけ」

「全部ですか」

「そうだ、あの三百騎を短時間で叩かなければならない」

「わかりました」

 そういって、犬丸が馬に乗る。犬丸は騎馬隊の百人隊長であったが、初めて五百騎もの大軍を指揮することになる。

 騎馬隊の先頭に立ち、等高線に沿った小道を南の尾根の方に移動する。

 南の尾根を過ぎ、その向こう側、南尾根と山の斜面との間のれ沢に騎馬隊を導く。沢といっても岩場ではないので、馬の歩行に問題はない。問題はないが、両側が急な登り斜面である。伏兵ふくへいなどがいたらひとたまりもない。普通ならば騎馬隊がもっとも入りたくないような地形である。

 幸い右側の斜面の上、南尾根は、青軍の陣からよく見えるので、右側に兵がいないことはわかっている。

 この南尾根は、長さは無いのだが、その尾根筋がほぼ水平で、終わる所でがけになっている。

 南尾根の向こう側は、七郎さんが三百の騎兵を置いている中央尾根である。


 赤軍の騎兵は、周囲を偵察しているが、犬丸達の移動している沢には来なかった。運動の余地のない沢に騎兵を置くという可能性は少ないからだ。彼らの注意は、西に延びて山を越える道と、北西の片田村に向かう道に集中している。青軍の騎馬隊が迂回してくるとすると、そちらの方向の可能性が高い。


 先頭の犬丸は、後続の五百騎を待つために、崖の手前で止まる。彼の目の前には、片田村までなだらかに下る牧草地がある。

 後ろを振り返った。おおよそ全部集まったようだ。犬丸が後続の騎兵に向かってうなずく。彼らは拳を上げて答えた。

 全速力で馬をる。わずかに右に旋回するように進む。

 中央の尾根の端にいた赤軍騎兵の眼下がんかを回るように、一列になった騎兵が進む。

 このあたりか、と思ったところで、犬丸は馬を降り、尾根にいる騎兵に向かって射撃姿勢をとる。

 青軍騎兵隊は一列で、赤軍を囲むようにして射撃姿勢をとっている。

 赤軍の騎兵はこちらに向かってこようとするが、まだ距離がある。青軍の騎兵に囲まれている赤軍は先頭の犬丸のいるあたりを突破しようとしていた。

 赤い火箭が一つあがる。

 犬丸たちが射撃姿勢をしていることを判者はんじゃが評価したのだろう。赤軍の一割の騎兵が速度をゆるめ、戦場の外に出て行った。

 馬を走らせている間は射撃ができないとみなされる。赤軍の指揮者はひたすら包囲線を突破して、北の尾根の裏側に回り込もうとしていた。

 もう一つ赤い火箭があがった。赤軍の二割、六十騎を削ったことになる。

 赤軍の騎兵が犬丸の脇を駆け抜け、牧草地の北を流れる川まで下り、東に折れて、北尾根の赤軍主力の裏に回る。


「犬丸殿は、あんなところから、出てきおったか」北尾根にいる七郎さんは感心した。七郎さんが騎兵を置いた尾根先は、周囲の視界が開けている良い場所であったが、唯一、犬丸がたどってきた沢筋さわすじだけが死角だった。

「あんな窮屈きゅうくつなところに騎兵を置く者なぞ、おらんからな」

 赤軍の騎兵が七郎さんの背後まで逃げてくる。それを追いかけるように、青軍の騎兵が走ってくる。先頭は犬丸だ。

「あれでは、こちらの騎兵は立て直せんな」赤軍の騎兵は東に去っていく。

 青軍の裏手に回らせた三十名の兵はどうなっただろうか。まだ到着せんのか。

 犬丸の騎兵集団は、七郎さんたちのいる尾根の北側まで来ると馬を降りた。

「こちらに向かってくるのか、速すぎるなりゆきじゃ」


 その時、青軍の陣の裏手から青い火箭が一つ上がった。

 わずか三十人の奇襲兵なので、三百人を倒しているわけではないだろうが、判者が奇襲攻撃で大混乱することを評価したのだろう。

「おお、やったか。騎兵は乗馬しろ、青軍の陣に向かうぞ。他の兵も全て突撃じゃ」

 七郎さんの指揮で、二百騎の騎兵が青軍の陣を目指す。一帯は牧草地で、傾斜も馬が走れる程度だ。


 赤軍歩兵も、騎馬の後を追って全員突撃する。青軍が混乱している間の一瞬が勝機だった。


 七郎さんたちの騎兵が青軍の陣に迫る。北側斜面の中央に息子の朝基が腕を組んで立っていた。朝基と、北の戦線の兵は、混乱していないようだな、七郎さんは馬上から認めた。


 騎兵集団が五十間(九十メートル)程にも近づいたときに、朝基さんが軍扇ぐんせんを振るって叫んだ。

「やれ」

 その声とともに、一列に並んだ兵が、先端を切った長い竹槍たけやりを無数にくりだす。

 普通の竹槍ではない、五間(九メートル)もの長さの竹槍で、先端付近の枝を幾つも残したものである。

 狼筅ろうせんという。実戦では、竹槍の先は斜めに切るか、鉄槍てつやりを付ける。敵の方に向いている無数の枝にも毒を塗る。手で持つ場合もあり、元の部分を地面にして斜め前に差し出す場合もある。

戦場で手軽に作れて、騎兵や太刀を持つ兵に対しては有効な制止力を持つ武器だった。

 明の軍が日本刀を振るう倭寇わこうに対して使用した武器である。


 七郎さんが大声を上げて、馬を停止させる。

「全軍止まれ、わしの負けじゃ」


 青軍の陣で朝基さんの軍が、北の尾根では犬丸の騎兵が、歓声かんせいを上げる。七郎さんの軍は、両者の間に挟まれた窪地くぼちで包囲されていた。


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