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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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キノコ小屋

「お、はえとる」汗を拭いながら、茸丸たけまるが言った。裏の林でセミが鳴いている。

「どれどれ」片田ものぞき込む。竹コップのおが屑から、小さなシイタケが幾つも芽を出していた。五十ある竹コップの内、半数程度から小さなキノコが生えていた。

「はんぶんくらいだね」茸丸は残念そうに言った。

「半分でも、無いよりはましだ。シイタケが作れるようになったんだから」片田が言った。


 片田は好胤こういんさんに小屋を建てさせてほしいと願った。

「宿坊の土間で出来ないものかのぉ」

「いいですけれど、宿坊の柱からシイタケがえてきますよ」

「それでは、やむを得ぬか」

眼鏡の件以来、好胤さんは機嫌がいい。二十坪くらいの小屋を本堂の裏手の林に建ててもよいことになった。


 さっそく村の木匠こだくみ(大工)に頼んだ。大急ぎで作ってくれと言うと、今は田仕事もそれほどではないので、周りの村の者を手伝いに雇うことも出来るが、その分、金が掛かる、と言った。片田はそれでもよいと言った。『しろむすび』でかなりの銭を稼いでいた。


 秋が立つ頃、小屋が出来た。小屋の真ん中には囲炉裏いろりを作った。これは殺菌作業と、冬場の暖房用だ。屋根には、夏場涼しくなるように、空気抜きの窓を作った。囲炉裏の周りは四人程が座って作業をする場所にした。それ以外の場所はすべて棚を作ってもらった。

「お経でも納めるのけ」木匠はいぶかし気に独り言を言った。


 大工仕事で出たおが屑はすべて俵に入れて取っておいた。手斧ちょうなで削った木屑も集めた。それを小屋に運び込む。片田と茸丸、『ふう』、石英丸せきえいまるそれに犬丸と『えのき』が集まってきて菌床を作り始める。菌床に植えるのは、最初に作った菌床の欠片だ。

 『えのき』は、軽い夏風邪をひいたのか、よくくしゃみをしている。三日掛けて、小屋の北側の棚を菌床で埋めた。

「ここまでだな」片田が言った。

「全部の棚をやるんじゃないのか」石英丸が言う。

「少しずつ時期をずらそうと思うんだ、そうでないとたくさん出来る時と、まったく出来ない時が出来る。それに夏と冬とでは出来方が違うかもしれない。普通シイタケは、春と秋に採れるだろう。暑さや寒さも関係があるかもしれない。色々変えてやってみよう」

 子供達は、そういうものか、という顔をした。




 十一月になった。

 初回の菌床は、やはり半数程度からシイタケが生えてきた。ただし北西隅の棚の一部で、明らかに他よりも早く生えてくる物があった。気温か何かがちょうど良かったのかな、と片田は思った。

 片田達は東の棚を菌床で埋めた。




 次の年の二月、茸丸が片田を呼んだ。

「これを見ておくれ」

「どうした」片田は茸丸が指をさす一角を見た。そこだけ、シイタケが大きく茂っていた。

「他のは、まだ芽を出したばかりなのに、何かやったのか」

 茸丸がうなずいた。

「タネを埋めるとき、この十個だけ、おれのよだれをつけてみた」

「どういうことだ」

「ほら、一回目のときに左のすみのほうだけ、早く生えていたろ」

「そうだったな」

「おれ、覚えていたんだ。あそこは『えのき』が作った菌床だ。棚に自分でのせたから、よく覚えている」

「そうか」

「一回目の時、『えのき』、風邪ひいてただろう」

「そうだったな。やけにくしゃみしながら菌床を作っていたな」

「あのくしゃみで、菌床につばがついたんじゃないかと思ったんだ」

 片田は『ふう』の竹の輪のとき以上に驚いた。

「それ、自分で考えたのか」思わず言ってしまった。

「そうだよ」

 なぜ、片田が驚いたのか。

 茸丸は、

  ・北西の隅の棚だけ生え方が違うという相違を、相違として『観察』した

  ・相違の原因が『えのき』のくしゃみじゃないかと『仮説』を立てた

  ・菌床によだれを付けるという『実験』を行い、仮説が正しいことを実証した

 ということを行ったのだ。

”これは、現代の科学者の研究の進め方そのものではないか”片田は思った。

 なんという子供達だ。もしかしたら、現代の教育漬けの子供たちは、なまじ知識の詰め込み過ぎていて、ものを考える力が衰えているのかもしれない。


 片田は、なるべく茸丸に分かりやすいように科学実験法の初歩について説明した。

「つまり、ちょっとずつ変えてみて、試してみるってことだな」茸丸は言った。

「そうだ。変える条件は一つずつにするんだ。でないと原因がわからなくなる」


 片田は、空いている西側の棚の一角を指して言った。

「この棚一つを茸丸が自由に使っていい、ここを茸丸研究室とする」

「竹筒を煮る時間を少しずつ変えてみる。タネの大きさを変えてみる、おが屑に何か混ぜてみる、色々やってみろ」

「うん」茸丸は目を輝かせた。


”しかし、涎を付けるのはなぁ”片田は思った。

 もしかして、ヂアスターゼが効いているのかな。それだったら、ダイコンでも、カブでもいいはずだ。


「茸丸、さっそく試してみる物が出来たぞ」

「なに」

「ちょっと畑に行ってカブを二つほど抜いてこい」


 二人は、カブを潰して出来た液体を五つの菌床に掛けた。それと、今まで通りのやり方で作った菌床五つとを並べて、茸丸実験室に置いた。

 五月、カブ汁を掛けた菌床は豊作だった。


 菌床栽培におけるアミラーゼ等分解酵素の効果は、最近の研究によるものであり、栽培条件、天候等によりその結果が異なることがあります。結果不良の責めはお買い上げ代金の範囲内とさせていただきます。

(カタダのタネ)


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