若江城(わかえじょう)
畠山義就は越智家栄を支援して、政長派の筒井順永などと大和国で戦っていた。
十月末には、布施城、高田城を落とし、義就自身は河内国の若江城に帰っていた。
その義就から、若江城に来い、という便りが、堺の片田のところにきた。
「また、借金の依頼だと思いますよ」大黒屋惣兵衛さんが不満そうに言う。
「そうでしょうね。でも、今は河内を支配していますから、年末か来年初めには多くの年貢が入ってきます、それまでの借金でしょう」
片田は当時の河内を十五万石くらいはあると見ていた。一石の米が五百文に相当するとしたとき、十五万石は、七、五〇〇万文、すなわち七万五千貫文になる。義就は、もはや流浪の落ち武者ではない。
義就は、今年の秋の年貢を、米で納入するように下知していた。しかも、今年の春の相場でよいとも言っていた。米は収穫期が最も安く、春に高くなる。高い相場で買うといっているようなものである。
覚慶(かくけい)運河を遡り、高屋城のところで石川に出て、大和川を下って若江城に向かう。
当時の若江城は、水の城だった。西に大和川、東に玉串川が流れ、北側は、玉串川から分かれた菱江川が西に流れて大和川に入っている。
「片田、ひさしぶりじゃ。吉野に送ってくれた銭にはずいぶんと助けられた。いつか直接会って礼をいわねばならぬと思っていたところじゃ」
「ご無事で帰還なさったこと、おめでとうございます」
「うむ、吉野の奥も、あれはあれで、よいところだが、相撲以外にやることがない」
「さっそく、田舎市を開かれたので、民もずいぶんとよろこんでいます」
「商いは大事だ。兵をおこすのにも銭はいる。その銭を寺社に独り占めさせておくことはない。片田、ずいぶんと交易船をつくったそうだな」
「はい」
「吉野で考えていた。わしも海上の商いをはじめなければいかん、とな。落ち着いたら、わしにも船を造ってくれ」
「いいですが、明と朝鮮の貿易は、大内様と細川様とで、ほぼ独占なさっていますよ」
「おお、わしは琉球と商いがしてみたい。彼らはだれとでも商売するそうではないか。割符を持ってこいとか、面倒なことは言わないそうだ」
「その通りです」
「琉球商人は明とも、朝鮮とも交易している。直接、明と交易しなくともよい。それに話に聞くには、琉球のさらに南に、いくつもの国があり、不思議な商品がたくさんあるそうだ。琉球はそれらの国とも商いをしていると聞く」
「堺の店にも、そのような商品がいくつかあります。香木とかです」
この時代の琉球は、東洋のフェニキアである。
「うむ。お前の造る船は丈夫で、琉球までも行ける、と聞いておるぞ」
「まだ、行ったことはありませんが、たぶん行けるでしょう」
「そうか、そうか。それはいい。商いを興し、銭を儲け、その銭で、お前がつくった運河のように水を引き、田畑を増やす。そっちのほうが、戦よりどれほど面白いことであろう。わしがやりたいことを、片田、お前がひとりでやっておる」
「右衛門佐様も商人になりますか」
「そうもいかぬな」
「ところで、前から聞きたいことがあったのだが」
「なんでしょう」
「お前は、どこから大量の硝石を手に入れておる」
十市城の戦いで、片田の臼砲に悩まされたことを忘れられないのだろう。
「古寺の床下をはい回って、かきあつめたのでございます」
「戯言を言う。琉球から買っておるのではないか」
義就が琉球と貿易をしたい、と考えているのは商業だけが目的ではないようだ。
「そんなことより、お呼びになったのは、なにか御用があるのでございましょう」
片田が話をそらす。
「そうじゃ。二つある」
「二つですか」
「一つ目だが。わしは大和国の戦を収めたい」
「そのことで、私が役に立てましょうか」
「できる。お前は十市播磨守と親しい。今回の戦で、播磨守はどちらにも加勢していない」
「それは、そうですね」
「筒井と越智の二人、播磨守に仲介してほしいのじゃ」
「和睦の仲介ということですね」
「そうじゃ」
「承知しました。播磨守様に会って、殿が依頼しているとのこと、お伝えしましょう」
「そうか、わしは越智を説得する」
大和を収めたい、ということは、どこかほかの所で、より大きな戦をしよう、ということかな、と片田は思った。
「で、二つ目なのだが」
「はい」
「もう一万貫文ほど用立ててくれないだろうか。来春には、先の三千貫文とあわせて返す」
「年貢が集まるまでの間、用立てろ、ということですか」
「そうだ。実はこれほど兵が集まるとは思っていなかった。三千も集まってくれば良い方だと思っていたが、その数倍の兵が集まった。やつらを養わなければならない」
当時の兵は一日五合の飯を食うといわれている。五合といえば丼飯五杯に相当する。毎日それほど食べていたかどうか。ここでは味噌や芋がらなどの副食と合わせて五合相当の費用がかかるとしよう。
片田は、義就のところに一万程の兵が集まったと聞いている。仮に一万人とすると、一日に五万合である。五万合は五十石である。米一石を五百文と仮定する。毎日二十五貫が必要になる。ひと月で七百五十貫の食費がかかることになる。
少し多いな、と片田は思った。来春まで兵を繋ぎとめるのであれば、三千貫か、多くても四千貫だろう。一万貫文を借りたいというのは、やはり戦の準備だ。
義就が今年の年貢を米で納めさせているのも、戦を予定しているからなのだろう。大がかりな戦が起きれば、米価が上がる。
「だめか」
片田が考え込んでいる様子をみて、義就がいった。
「いえ、出すことはできますが」
「が」
「ひとつ、お願いがございます」
「願いがあるのか」
「はい」
「言ってみよ」
「大和川以南の河内国……」
「半国よこせ、というのか、それは無理じゃ」
「いえ、大和川以南の河内国での、私の軍の通行権と物資の輸送権をお許しください」
「軍の通行権といっても、軍を持っていないではないか」
「もうすぐ、持つことになります」
「仮に軍を持ったとしてだ、通行権を与えるということがどういうことか、わかっているのか」
「はい、同盟を結ぶということでありましょう」
「そうだ、大名でもないのに、身に危険がおよぶことになるぞ」
「わかっております」
「そうまでして、どこが欲しいのだ」
義就は、自身が大名であったので、理解が速かった。軍をおこす、というのは土地を取りたいということである。
「堺です」




