第2話 修行の間
「うわぁー!!」
空間に飲み込まれ、気が付くと俺は、道場を思わせる場所にいた。修行の間と聞いたがここは…。薄暗いが剣道場じゃないか。
「ようこそ、修行の間へ。現代の若者よ」
道場の奥に豊かな髭を蓄えた小柄で木刀を持った老人が立っていた。この爺さん…気配を感じなかった。何者だ?
「…あの、貴方は?」
「儂は段蔵と申す。この修行の間の主じゃ。そういうお主は…。なるほど、クリバヤシ コウと申し、歳は28歳か。まあ20年素振りする条件ならお主くらいの年齢になるわな」
爺さん、鑑定スキルでも持っているのか?うん、段蔵どこかで見た記憶がある。
「私はクリバヤシ コウと申します。コノハナサクヤヒメの侍女カエデ殿の勧めでこの修行の間に来ました。ここで私は修行をすれば宜しいのでしょうか?」
「まずは自己紹介じゃ。儂も以前はお主のいた日の本で剣客であった。武者修行の最中にカエデ殿と出会い、勧められてこちらの世界へ参ったのよ」
段蔵の特徴と剣客、武者修行の言葉を聞いて一人の老人を思い浮かべていた。無外流の達人、秋山小兵衛を…。
「気づいてないようじゃが、お主修行スキルの他に剣術スキル4であるぞ」
剣術スキル4ある!?剣道三段だから3ならわかるけど。昇段試験を受けていないが、今の俺は四段の実力ってことか…。
「儂がお主をこの世界に願ったのは、20年毎日素振りを続ける大馬鹿じゃからよ」
「なんか褒められているのか、けなされているのかわかりませんね」
「褒めておるのよ。確かにお主よりも強者がお主の世界には多数おるが、儂は20年続けた根性をかっておるのよ。儂には多くの門下生がいて一角の剣客となり大成しておる。教えを守ればお主は必ず大成する。さて話はここまでにして稽古をつけてやろう。まずはお前の腕前を見たい。その木刀にて素振りを始めよ」
ルーティンである五行の構えを行ってから、素振りを始めた。中段の構えから腕を振り上げ、振り下ろす、剣先を相手の鳩尾付近で止める、足を使う、何十万回、何百万回と振った記憶を辿るように無心で振った。10分近く続けると、
「よかろう!その木刀ずいぶん太いが目方はどれくらいあるのじゃ」
「2キロです」
「2キロとはずいぶん重いのう。それをあの速さで素振りを行うとはな。お主の膂力はたいしたものじゃの。こっちの木刀を使うがよい」
2キロの木刀での素振りは相当の膂力が必要であり、俺の両腕の握力は80キロをゆうに超えている。
段蔵から木刀を受け取り、2間(3.6m)ほど離れて向かい合って、目礼をした。
「参れ!」
中段の構えで向き合うが、段蔵は下段の構えである。剣道の世界では中段の構えが最も多い。これは正眼の構えで攻防一致している為である。対する段蔵の下段の構えは、地の構え、防御の構えでもあり剣道であまり見かけないのは、足の攻撃が有効でない為である。
段蔵と向かい合っているが強い、そして隙が無い。殺気とは違う計り知れない威圧を感じ、嫌な冷や汗をかいている。身体が無意識に段蔵を恐れているのだ。恐れを吹き飛ばす為、奥歯を噛みしめ一気に間合いを詰め木刀を振り下ろす。段蔵は余裕で受け止めて、
「なかなかいい打ち込みであった。剣の速さと重さしっかり鍛錬されている証拠じゃ。しかし、握り、足の運び、腕の振りはまだまだ、何より頭を使いすぎじゃ」
段蔵から握り、腕の振り、足の運び、構えを指導される。それを加味した素振りも行った。確かに振りやすく感じる。上機嫌な段蔵が、
「その振りじゃ。その振り方を身体に叩き込むのだ」
「お主は壁を破らねばならん。お主は剣道で対人の稽古は積んでおるが、対魔物の稽古は初めてであろう。ここに魔物を召喚するので魔物と対面して戦うのじゃ。魔物はお主を殺そうと襲ってくるので情けをかけるな」
「木刀で戦うのですか?」
「武器を忘れておったわ。武器選びも重要で、お主に適した武器を使わねば不利な状況となる」
段蔵はどこからか何本も刀を取り出した。手に馴染みしっくりきた刀を選び、
「これでいいです」
「そうか。なら魔物を召喚するぞ」
段蔵は何やら呪文を唱えると地面から剣と盾を装備し額に小さな角が生えた小鬼の魔物が現る。あれはゴブリン!?
「ゴブリンソルジャーじゃ。あやつを退治して見せよ」
段蔵師匠、ここはゴブリンじゃない…なんか強そうですけど。普通は弱い人型モンスター退治してお前も壁を越えたのう的なやつでしょ。さすが有名剣客は弟子に厳しいですね。そんなことを考えていたら段蔵が、
「それでは始めよ」
容赦ない追い打ちをかけた。
ゴブリンソルジャーは盾を前にして近づき、対する俺は刀を中段に構え待ち受ける。相手の出方がわからない以上、防御に徹し相手を観るほうが無難である。
ソルジャーは盾を前へ押し出しながら結構な速度を維持し間合いを詰めてきた。盾の隙間から剣を鋭く突き出してくるが、それを躱す。なるほど、片手剣ゆえに突きか振り下ろし、しか攻撃方法が無いのだな。
ソルジャーは再度盾を前へ突き出す構えを取り、俺に迫ってくる。今度は振り下ろすがそれを躱す。続けて盾を振り回したが、構えを崩さずに後ろへ退く。さっきの盾はヒヤリとしたぞ…剣だけに注意を背けすぎた。
優勢とみたソルジャーは再度同じ構えでゲラゲラ笑いながら迫ってくる。突きがくる、今!盾の隙間から繰り出す突きを躱し、突き出した剣の引き際を狙った。
ザシュ!切断を知らせる嫌な感触が刀越しに伝わる。
ボトッ、カランと音を立てて片手剣と切断した腕が地に落ちた。片手を失ったソルジャーは狼狽している。今攻撃するのもありだが、観察を続けた。
盾では俺に致命傷を与えられないと悟ったゴブリンソルジャーは、盾を剣に持ち替え突きを繰り出した。利き腕でない片手剣に何の脅威を感じない。余裕を持って剣を弾き袈裟斬った。左肩から右腰まで抜ける斬撃を浴び、
「グヒャー!!」
断末魔をあげてゴブリンソルジャーは絶命した。
「見事。お主の覚悟しかと見届けた」
先ほどまでの命のやりとりで手に冷や汗を掻き、震えも感じていた。刀を鞘に納めようとするが、刀が手から離れないのである。その姿を見た段蔵が、
「コウ、目を閉じゆっくりと深呼吸をせよ」
言葉に従いゆっくりと深呼吸を続ける。手の震えが治まり刀を鞘に納めた。
「今のが武者震いよ。生死を懸けた闘い、魔物を斬り、武者震いを経験したお主は見事1枚壁を突き破ったわ。先の戦いはヒヤッとした場面があったのう」
「盾の振り回しには驚きました。剣だけに注意し過ぎました」
「魔物は強く賢い、どんな剣豪も一瞬の油断と奢りで全てを失うのよ。闘いを見ておったが、お主は何やら精神に傷を負いずっと引き摺っておるナメクジのようじゃな。先の戦いで腕を切り落とした後、すぐに攻撃しなかったのは良き点よ。盾ごと叩き切っていたら怒鳴ろうと思っておったからのう」
そうなのか、あそこは攻撃するか迷っていたのだが…。
「刀は強固なものを斬れば刃こぼれをおこすか、折れる。あの時盾ごと斬ってやろうとか思わなんだか?」
「正直迷っておりました。魔物も狼狽えており盾ごといけそうな気がしましたが、観に徹しました」
「うむ、その観が大事なのよ。聡いナメクジ君のお主に褒美をやろう。1つはその刀と脇差をやろう。刀は武者修行中に集めた数打ち、無銘であるし、強度はないことを忘れるな」
「ありがとうございます」
面と向かってナメクジを連呼されるのは辛いな。素振りと闘いを見ただけで、この爺さん俺の奥底に潜む迷いを読み取っているのか…。剣道と向き合わず逃げ出したが、相棒の木刀は捨てきれず無心に素振りを10年続けてきた。ここまで言われると…だが不思議と心地良い。
段蔵から貰った刀であるが、太刀も脇差も標準の刀だな。日本刀の利点は、鍛錬によって何重にも折り返した層による鋭い切れ味、欠点は強度であった。
複雑な表情を浮かべている俺を見て段蔵は優しく諭してくれる。
「武器は必要な時期を見極めて変えるのが適解よ。さて、聡いお主のことじゃ、既に儂が誰か気付いておるか?あるいは候補者を思い浮かべておるな?」
サトリかこの爺さん…。段蔵は先ほどのやりとりで俺にヒントをいくつかくれている。有名な剣客、戦場を経験、武者修行、多くの弟子を持っていて大成者が多い。最初は無外流の秋山小兵衛を思ったが戦場経験者で除外される。となると戦国時代の有名剣客しか思い浮かばなかった。
「それゆえお尋ね致しますが、私ごとき、剣に小才の人間を弟子に持つことに不満はないのでしょうか?」
「謙虚なことよ。だから何度もいうように儂はお主を見込んでこの修行の間に呼んでおるのよ。さあーて、儂は誰かのう?」
そもそも異世界に転移した時点で在りえないことだ。目の前の老人は明らかに戦国時代の人間で間違いない。
「候補者は4名おります。一人目は、剣聖塚原卜伝、二人目は同じく剣聖で上泉信綱、三人目は一刀流伊藤一刀斎、四人目は柳生新陰流柳生石舟才。四人とも超有名人すぎて困惑しております」
段蔵は眉毛を吊り上げたがすぐに眉毛をおろした。そして笑みを浮かべながら、
「恐れ入ったの、なかなかの洞察力よ。儂はその四人に入っておるわ。絞った四人であるが誰が本命であるかのう?」
塚原卜伝と答えるのが無難、剣聖であるし将軍家も指南している。指南した13代将軍足利義輝は剣豪将軍だったし。しかし卜伝の逸話で、暴れ馬を避けた話があり、晩年の卜伝は殺生を避けたと聞く。
段蔵師匠は間違いなく晩年だ。卜伝が先ほどの戦いでゴブリンソルジャーを召喚するであろうか。逸話どおりの人物であると、召喚しなさそうな気がする。そうなると残りは三名だが、伊東一刀斎、柳生石舟才の肖像画を見た事がない。最初に感じた何処かで見たことある点。そして立ち合い時の下段の構え。あれは髭を生やしていない下段に構える剣聖上泉信綱の銅像であった。
「正体ですが、剣聖上泉信綱様ですね」
眉毛を吊り上げニコリと笑う、段蔵こと剣聖上泉信綱。
剣聖上泉信綱との出会いがナメクジの俺を大きく変えた。
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