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2-9 笑顔の儀

 朝から髪を整えられ、またメイドさんにお風呂に入れられて洗われてしまって、一体どこのお坊ちゃまかしらみたいな感じに仕上げられた俺の雄姿。


 ミョンデ姉はケタケタ笑っていやがったのだが、あんただって失笑ものだぜ。


 もう、まるで似合ってねえの。田舎娘丸出しだ。

 まあ器量はいいから、それなりだけどな。


 俺の方が絶対に似合っている。

 なにせ、日本じゃそれなりに洒落た格好をしていたのだから。


 金に飽かせて女にもてるためだけの、浅はかなファションだったから本物じゃなかったけれど。


 俺達は互いを指差しあって大爆笑していた。

 それが一区切りついた時、伯爵から声をかけられた。


「お前達、もう十分笑い終わったかね。

 王宮では静かに頼むぞ」


「「へーい」」


「頼むから返事は『はい』でな」


 朝から健康的な笑いを堪能した俺達は、互いの格好を見て、まだクスクスと笑いを堪えていた。


 ミョンデったら、着慣れないお嬢様ドレスを着せられている。

 もっとも、この年の子供がよく着るような、脹脛までのドレスだから踏んづけてしまう事はない。


 ああ見えて、ミョンデ姉は活発で鈍くさい事はないのだ。

 だてに俺とコンビが組めるのではない。


 まあ、高級品は似合っていないのがすぐにわかるぜ。


 その一方で、俺もまあなんというか、七五三というか御坊ちゃま君というのか、自分で思わず笑みが浮かぶのを完全には堪え切れない、そんな格好だわ。


 いや、参ったね。


 この洒落者というか、伊達者というか、そんな人生を生きてきたはずのこの俺様が。生前の友人に見られようものなら、大爆笑の渦が沸き起こるぜ。


 今の俺の、この可愛らしさを見たら、あの真奈美や美穂も思わず笑いを堪えてしまうかもしれない。


 そんな感じの風体だった。


「いやあ、こいつは参ったなあ」


「本当にねえ。

 その格好もらって帰って家族みんなに見せようよ」


「そいつはいいかもしれないな」


 そんな俺達の様子を見て、少し冷や汗をかいている伯爵。

 なんだ、妙な雰囲気だな。


「どうかしたの、伯爵」


「ああ、いや。別になんでもない。

 それより、お前達、礼儀の方は大丈夫か?」


「うん、まず謁見の間に入ったら伯爵の後についていく。

 それから王様の前まで行ったら、片膝を着き、顔は伏したまま。


 手はぶらぶらさせない。

『面を上げよ』といわれるまで、そのまま。


 それから後は王様次第で、伯爵がフォローを入れてくれると」


「あたしは、それを真似するだけでいいんだよね」


「あ、ああ。

 お前らは歳に似合わず賢いから助かる。


 とても村人とは思えん。

 だがやっぱり心配だなあ」


 伯爵の心配も、もっともな話だ。

 俺とて、このような面倒な子供の世話を命じられたらドキドキものだろうなあ。


 何しろ、王様の出方一つで情勢が変わっちまう生放送のアドリブ劇なのだ。

 伯爵の立場から言えば、へたを打てないだろうし。


 まあ、あれこれよくしてくれる伯爵に恥はかかせないさ。


 俺は礼儀正しさでは国際的に名の通った日本人、その中でも優秀な人間で、その上各種スキルは習得済みなのだ。


 これからお付き合いをしていただく、大事な金ヅルに面倒をかけたりするものかよ。


「アンソニー、笑顔が黒いぞ。

 もっと子供らしく頼むわ」


「おっと、いけない」


 俺はさっそくスキルで無邪気に笑顔を修正した。

 例の子役さんのスキルさ。


「やれやれ」


「アンソニー、あれ見て、あれ」

「どれどれ」


 俺はミョンデ姉を押しのけるような感じで窓に張り付いた。


 これは旅用のごつい木の板で塞げるような一種の装甲馬車ではなく、街乗り用の上品な馬車なので、窓も広く景色もよく見える。


 おー、なんかいいなあ。

 ここは貴族街、ビバリーヒルズを大掛かりにしたようなお屋敷が立ち並ぶのだが、その合間に噴水やオブジェが立ち並ぶ。


「いいねえ。

 でも、うちの村にはきっと似合わないだろうな」


「それより、お風呂が欲しいよね」


「ああ、薪式も悪くないが、燃料を食うから山が禿げ山になっちまいそうだ」

 発展途上国にはありがちな事だ。


 日本だって昔はそうだったらしいが。村の薪拾いは子供達の大切な仕事だ。

 俺は狩りのついでに拾いまくるので、教会にもたくさん薪を寄付をした。


 そして、緩やかなカーブを曲がった大通りの前方には、王宮の雄姿が広がっていた。

「わあ、素敵!」

「秀同!」


 普通、王宮前の大通りなどは、真っ直ぐに作るのが普通だが、もうこの景色を演出したくて、わざとカーブにしているとしか思えない。


 そこまで絶景が広がっていた。

 それが、俺達サンレスカ王国の王都にあるサンクレスト宮だった。


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