1-42 憧れの地
「さて、行こうか。ロイエス」
「うん!」
ゆっくりと、俺達を搭乗させるためにしゃがみ込む狂王。その姿はなんていうか、もはや巨大ロボ?
そっと俺とロイエスを抱き上げて歩いていく。今は随伴歩兵たる叔父上がいないので、大人の三倍速で歩いている。引っ掛かるような電線もないし。
日本では道路通行時の高さ制限は4・1メートルまでだ。絶対に通行人を踏んだりひっかけたりしない配慮は、さすがとしか言いようがない。
なんというか、自動ブレーキ・自動制御の乗り物だ。そして究極の乗り心地を実現している。こいつばかりは乗ってみないとわからないぜ。ロイエスなど、もう狂喜している。ふふ、同年代のお友達は不足気味だったので、一人増量に成功したぜ。
幼児二人を抱えてずんずんと歩き回る俺達の噂は、あっという間に町中に広まったらしく、見物人があちこちにいて、子供達は追いかけてきた。俺達はお愛敬を振りまき、手を振った。だが、俺の方はちょっと黒い笑いだったのでスキルを行使した。
『スキルお愛敬』
どこから盗ったって? もちろん、地球の女どもからさ。女はすべて生まれながらの女優。それが俺の持論だった。
この技術があれば、完璧に黒さを抑え、見かけだけは幼児らしさ100%を実現できる。普通の二歳幼児には絶対に不要なスキルだけどな。
一通り町を荒らしてから? 領主館へと無事に帰還した。
「ゆっくりだったね」
そう言いながら、狂王から直接孫を手渡しされて相貌を崩すお爺ちゃん。まだそんな年じゃねえのにな。この世界じゃ普通か。
「お爺ちゃん、狂王は凄いんだよ。僕もあんな子が欲しいの」
俺とお爺ちゃんは苦笑いのアイコンタクトを決めた。
ロイエスよ、それはあまりお勧めしないなあ。俺だって、いっぱいいっぱいだったんだからよ。そして、そうでないと手に入らない代物なんだ。本来なら幼児の乗り物になんかに成り下がっているような代物ではないのだ。
だが、それを聞いた狂王はとても嬉しそうだったので、まあいいかあ。
「さて、それでは行こうかね」
「もう、アンソニーったら遅いよ。待ってたのに」
「ああ、悪い悪い。じゃあ、ばあや。ミョンデ姉をよろしく」
ばあやは頷いて、ミョンデ姉を抱き上げた。
もう、いつものメイジは「ばあや」と命名し、ミョンデ姉専用ティムとなっている。俺の躾はどうせ狂王が担当なんだろうし。俺には黒猫先生という、生まれた時から俺についてくれていた、ばあや兼先生がいるのだしな。
ロイエスは俺と一緒に狂王の両肩に乗せられている。こいつの性能は凄い。この状態で、俺達を殆ど揺らさずに時速百キロ以上でジグザグに走れるのだから。対戦車ミサイルでも命中させる事すら至難の技だろう。当たっても狂王自体はビクともしないがね。
「ねえ、どこにいくのよー」
「ミョンデ姉、行けばわかるって」
「お爺ちゃん、どこへいくのー」
「ふふ、もうすぐじゃよ」
道中は随分と一目を引いた。何しろ怪物君二体が三人の幼児を抱え、ご領主様と娘さんまでもが一緒なのだ。
異様な組み合わせだが、一番注目を集めていたのがフレイラ嬢だったように見えたのが笑える。これはもう娘馬鹿がスキル化するのもいたしかたあるまいよ。
俺の見立てでは、彼女どうやらぎりぎり10代っぽいし。これは、彼女の結婚が決まった時には、さぞかしヤケ酒の売れ行きが大きかっただろうな。俺なら、すかさず大キャンペーンを張ってもうけたはずだ。この街では特大のイベントだったはずだからね。
そして、好奇の視線を浴びつつ、その場所へと辿り着いた。
「これは!」
別にそこにあった物に驚いたわけではない。なんというか、そこが凄く立派な建物だったからだ。こんな町で? 領主館が普通の家なのによ。
狂王とばあやは、その建物の入り口で俺達を降ろしてくれた。そこにはためいていたものは、剣と盾、そして魔法を表す七色の帯をあしらった旗、すなわち冒険者ギルドである。
「お!」
「ぬわっ」
入り口にいた冒険者どもが、狂王を見て奇妙な声を上げて飛びのいた。そして、領主が一緒なので慌てて礼をした。領主様も軽く手で制して言った。
「ああ、よいよい。騒がせて悪いな。お邪魔させてもらうよ」
「は、どうぞ」
尊敬されている。お爺ちゃん、尊敬されているよ。よかったな。ロイエスも凄く嬉しそうだ。こういうのは日頃からの努力の賜物なのだ。きっと、あの領主館を見て誹る人もいるだろう。俺達姉弟のように。
だが、それでもこの領主様を知れば知るほど、それはむしろ尊敬に変わるはずだ。俺達は別に領主様を誹っていたわけではなく、子供の勝手な期待が萎んで、がっかりして喚いてみただけなのだが。
「中は広いから、彼らも十分に立てる。入り口だけ屈んでもらいなさい」
そして、言われずともそうして悠々と冒険者ギルドの中へと滑り込んだ。
突然の闖入者に中は一時騒然としたが、手で制する領主の姿を見て静まった。休憩所代わりに酒場が併設されているが、そこにいた奴らが「俺、少し飲みすぎだろうか」みたいに目をこすっているのが笑いを誘うぜ。カウンターの奥から眼鏡をした中年男性が出てきて、おそるおそる聞いてきた。
「あの……ご領主様、そやつは一体」
「いや、そのなんていうかな、私にもよくわからないのだが。ギルマスには話は通っているよ」
「そ、そうでしたか。フェルミ君、ちょっとギルマスを呼んできてくれないかい」
「わかりました、ベルムス次長」
次長か、なんか銀行とかお役所みたいな感じだな。なんか、ちょっと違う感が漂った空間だった。この次長さんも、腕に汚れ防止のカバーとかつけちゃっているし。




