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1-4 赤ん坊生活

「ふふ。私の可愛い弟アンソニー。昨日は不思議だったわね。あんなにひどく飛ばされたのに、かすり傷一つなくって。もしかしたら、この家に伝わる精霊様のお蔭なのかもね。よかったわね、生まれながらに精霊様の加護があるのかもよ」


 そして優しくおでこにキスしてくれた。うふう。ちょっと幸せな気分だぜ。人は愛されることに充足を覚えるものなのだ。それが美しい実のお姉さまなら、なおさら。


 まあ、精霊の加護というか、物理的に救出していただいたというか。猫クッション、非常にもふっとしましたよ。


 ああ、そういえば実家の猫、まだ元気だろうか。少々運動不足で肥満気味だったよなあ。あれは俺が拾ってきた奴だった。


 その生前の功徳のせいか、俺は生まれつき猫の加護があるのかなあ。でも猫がいてくれるのは嬉しいな。話し相手になってくれるのが、もっと嬉しい。


「そうら、アンソニー。おっぱいの時間だよ」

 めし! おっぱいというものを差し出されると、本能的にそう思ってしまう。


 もう今は純粋に『めし』としてしか感じられないのだった。日本でもお馴染みの物で、刺されて死ぬ前夜にも別の女のおっぱいに埋もれていたのだが。


 将来、十分にそのような恩恵に与るためにも、今しっかりとおっぱいを飲んでおかないと。それに、実に甘露な味わいだ。今だけの貴重な味わいなのだから。


 今は細胞の成長速度が半端でなく、それに必要な滋味をすべて備えてくれている神々から与えられたネクタール。だから体がそれを最高に美味しいと思う。


 赤ん坊だけの特典で、大人になってからでは決して味わえないものなのだ。基本的におっぱいの成分は種族ごとに異なるので、牛などの他のおっぱいでは人間の赤ん坊には厳しいものがある。


 それに、赤ん坊のうちにしっかりおっぱいを飲んでおかないと免疫などの面で不利になる恐れがある。俺はしゃかりきに飲んだ。文字通り、骨の髄から強い体を作るために。


「この子って、おっぱいを、よく飲むわねえ」


「ああ、エマ。最初の子供のあんたは、なかなか乳を飲んでくれなくて大変だったわ。乳離れしてから御飯をよく食べたから大きく育ってくれたからいいけどねえ」


「この子ってさ、いつも、おっぱいを飲んだ直後にも寝ながら口を開けているよね」


「ああ、なんていうのか。いただける物はいつでもいただきますよ、みたいな? 咽て溢した事って一度もないし。なんていうか、おっぱいのあげ甲斐はあるわね」


 お腹がいっぱいになって今度はぐうぐうと寝てからまた起きる。俺は吸収力が大変強くて、おしめもあまり汚さない。


「これは将来、大物になりそうねえ」

 親が物凄く感心していた。


 こういう子供は早くに体が大きくなる。ありがたい事だ。俺にはこの世界について少し危惧している事があったのだから。


「なあ、精霊様」

「なんじゃい、女たらしよ」


 俺はその呼ばれ方に、ぶふっと咽た。涎が口元を垂れるが自分では拭けない。仕方がないので猫精霊様がシーツの端で拭いてくれた。お世話をかけるね、ばあや。


「そ、その言い方はやめてくれる? よかったらタカシって呼んでよ。生前の名前さ、あなたくらいしか呼んではくれないだろうけどさ」


「ほっほ。それもよかろう。それでタカシ、なんじゃな」

「ここは地球じゃないのかい?」


「地球とはなんじゃ」

 その存在すら知られていないような見知らぬ世界だったか。


「魂は世界を越えるのかい?」


「さあのう。世界の法則によって行先は決まっておるのじゃろう。だが、稀に何かの加減でやってきてしまう迷い魂もおるみたいじゃ。わしら精霊には見ればそれとわかるがの」


「へえ。そうか、たまたまなんだ。まさに迷える魂だな」

 もし、地球でリーンカーネーションを体験したら、どうなっていただろう。


 インドやアメリカあたりで、言葉をしゃべるようになってから周囲の人にそう語り、そうとしか思えないような証言をしてマスコミを騒がせるとかな。


 それも面白かったが、それだといつか自分の墓参りをする事になったかもしれないな。四つ股かけて、女に刺されて死んだ馬鹿な男の墓を。格好悪いなあ。あまりその事については考えたくない。


「この世界について聞かせておくれよ。今の俺は食っちゃ寝するしかできないんだ。将来に備えて猛烈に体を作っているがね」


「そうじゃのう、何からいくか」

 これも一種のスキルだ。バイオフィードバック、生体自己制御の一種なのだろうか。


 プロレスラー、ボディビルダー、各種のスポーツ選手などが効率よく体を作っていく方法の中で、一種のイメトレで体を意思の力で作り上げていく方法も存在する。


 俺は人が聞いたら眉に唾をつけたくなるような、そういう主張をする人達を金で雇ってスキルをいただいたのだ。


 そして素敵なボディを作り上げる事ができたのさ。もっとも、その素敵なボディで御乱行の末、女に刺されて死んでしまうという情けない人生の結末だったのだが。


 なんともはや。今は赤ん坊の時代から体を作り上げていくのに非常に役に立っていた。少し懸念している事もあったので。


「なあ、精霊様。一つ聞いておきたいんだけどさ。俺には不思議な特技があった。他人の築き上げた能力、あるいは他人が生まれつき持っていた能力を盗むというか自分も使えるようにできる能力だ。


 これは仮想理論を元にして意思の力で発動するものだから、今でも使えるのはわかるんだが、何故生前蓄えたスキルが今も使えるんだ? 魂はスキルを記憶しているのか?」


 例えば、魂を構成する霊子という架空の粒子が存在するという考え方。原子は記憶を持つという。それを構成するさらに微粒子の存在があると仮定されているのだから、そういう事があってもおかしくはない。


「さてのう。確かに魂にはスキルが刻み込まれるという説はある。生まれながらに神の啓示というか、そういう不思議な固有のスキルを持って生まれる者もおる。あるいは、そやつらも元々持っていたスキルを転生後も持ち合わせておるだけという可能性はあるが」


 なんていうか、魂をバックアップの記憶媒体と見做し、そこから今の体のDNAに、DNAライトの能力で書き込んだとでもいうのか。


「へえ。そういう連中の中で一番すごいスキル持ちって?」


「勇者じゃの。あれは神の啓示を受け、王国にもそれが知らされると言う。あの力はお前さんでも盗めないのではないかの」


 勇者! 俺の頭の中で、逞しい半裸の男が両手剣を持ち、それを頭の上で構えている何かの映画のポスターが思い起こされた。


「へー。でも嘘くせえ。神様なんて本当にいるのかい?」

「さてな。それはわしらも知らぬ。会った事も見た事もない」


 黒猫が欠伸をしている。そういや、この精霊は家人には見えていなかったみたいだな。

「精霊って何なの?」


「この世の理の中で世界を見守るもの、とでもいうか。何か悪い方向に行くのであれば、そうならぬよう力を貸すみたいな。わしらも何故自分がこうして存在しておるのかは知らぬが、悪しき者と関わろうとは思わぬ。また善なる者に惹かれる性質がある」


「ふうん。俺って前世じゃ四つ股かけて女を騙していた悪い奴なのですが」

 そう俺が言うと、猫は笑いながら前足裏の肉球で、俺のむちむちほっぺをプニプニしながら言った。


「まあ、その分の刑は無事に執行されたわけだしの! プラマイゼロからのスタートという事でどうじゃ」


「ひでえ。それくらいで死刑なのかよ!」

 その巻き添えを食った真奈美が堪ったものじゃないな。本当にごめんよ、真奈美。


 美穂も。美穂、あいつは本当に一途な女だった。結婚すれば、いい妻や母親になっただろうに。ああいう女と添い遂げられたなたら、むしろ幸せだったのかもしれない。


 俺の愚行があいつを狂わせてしまったのだ。いつか輪廻の輪の中で再びあいつに会う事があったなら、本当に謝りたい。


 それは決して叶わない事なのだろうが。それが、俺の受ける罰なのだ。その負の記憶を一生持ち続けるのだ。へたすれば、また生まれ変わっても。輪廻の大海の中で永遠に。


 もし、人生をやり直せるのなら、今度こそ女の子を幸せにしてみせる。そして、楽しい家庭を築くんだ。それが俺にできる唯一の償いだ。


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