1-39 旅立ち
今日は朝からお出かけだ。サラムの町へ。ついに、ついに、ついにこの日がやってきたのだ。待って待ち望んだ、この日が。
山奥生まれの村の幼児が、生まれてこの方憧れに憧れた大都会サラムへと行く日が。お祭りとかも、ここでしかやらないんだよね! 村でもやろうよ、収穫祭とかさ。
「マイロード、おめでとう」
「おめでとう」
口々に祝いの言葉を述べ、パチパチと拍手してくれるティム達。
「ありがとう。ありがとう、諸君!」
俺はどこかの独裁者か何かみたいに片手を後ろに、もう片手を上に挙げて、右に左にと従者たちに挨拶した。
何、本日の草むしりのミッションはミョンデ姉ともども済ませてある。なんと、あの厳しいメイジがミョンデ姉も一緒に町に行こうと誘いやがったのだ。鞭ばかりの奴ではなかったのね。
ミョンデ姉の喜びようと来た日にはもう。あの、主様にもいつか飴をちょうだいね? 本当に頼むよ、君。でないと泣いちゃうからね。
「何をやっとんじゃ、お前は」
「あ、お父さん、おはよう。だって、町に連れていってもらえるんだもん。嬉しくってさ」
それを聞いて、呆れた様子であった父も頷いてくれた。母はにこにこしているだけであったが。
「なるほどな。あんなに行きたがっていたんだものな」
父もティム達にはもう一切突っ込まなくなった。
何気に勤勉な奴は好きな父であった。何より嬉しかったのが、あのミョンデ姉をちゃんと働かせてくれることだろう。今いる子供達の中であれだけが両親の心配の種なのだから。
「後の事は留守番部隊にお任せを」
「いってらっしゃいませ、マイロード」
叔父さんもいつの間にかやってきて、その様子を見物していたので、俺達はつつがなく出発する事ができた。
もちろん、俺の愛ロバは狂王だ。可愛く見えるようにウサギの毛皮で飾ってみたのだが、本人もちょっと困っていたようなので、なかったことにした。
まだ、あの現役狂王の時の凶暴な姿の方がマシなくらいだったのだ。ミョンデ姉は遠慮なくケタケタ笑っていたが。
彼女のロバを務めるいつものメイジも、後ろを向いて蹲って、必死に笑いを堪えていた。狂王は頭を両手で抱えて座り込んでしまった。
「狂王! 悪かった、僕が悪かったから。さ、さあ。気を取り直して町へ行こうよ」
父もその様子を見て朗らかに笑っている。
「お前の気持ちもわからんでもないがね。はは、また別の飾りつけにしておあげ」
そして、ついに町への一歩を踏み出した。今日は張り切って出てきたが、街で領主様の館で御泊りなのだ。
ついに、あの必笑のスキル『親馬鹿大将(娘馬鹿)』を作らせてしまった娘を拝めそうだ。これで男爵と同じ顔だったら笑えるな。案外とそういう事はあるので侮れないのだが。黒猫先生も見送ってくれた。
「まあ、初めての町じゃ。浮かれすぎて失敗せんようにな」
「い、いやだな、先生。僕は日本の大都会生まれなんですよ、そんな事ありませんからね!」
「だといいがのう」
そして俺は可愛くバイバイして出発した。狂王達も黒猫先生に手を振っていた。ティムは精霊が見えるようなのだ。そして俺は鼻歌が止まらない。
「憧れの旅路~」
まあ、片道たかが20キロの道のりで、そんなものは狂王の足ならほぼ一瞬で駆け抜けてしまえるのだが、それではあまりにも風情が無さすぎる。
「オーバーね。あんたなら本当は一人でも楽々行けちゃうじゃないの」
「そうは言っても、お姉ちゃん。やはり二歳児が一人で行かせてもらえるほど世の中は甘くないのですよ」
狂王は笑って宥めるようにミョンデ姉の頭を撫でた。本当は狂王を一緒に歩かせるのは可哀想なのだが。初めて町に入るのに、舐められてもいけないしね!
こいつは人間の三倍近い体高を持っているのだ。メイジなどは半分にも満たないし、叔父さんの足に合わせないといけないから。
だが、彼は非常にゆったりと歩いてくれている。そんな事をすれば人間なら疲れてしまうのだろうが、彼らには疲労という言葉もないし。ティムって一体なんなんだろうな。
だが口うるさい姉のミョンデも、初めて見る景色に次第に心を捉えられてしまったようだ。ふふ、姉上様よ。しょせん俺達はただの幼児。この世界、おおいに満喫しようぜ。
楽しく揺られているうちに二人とも寝てしまっていたようだ。ハッと気がつくと狂王が俺を揺り起こしている。
「あれ? もう町に着いちゃった? しまった。初めての町が見えてくる風景を遠くから見たかったのに」
それを聞いて、すかさずUターンしようとする狂王。それを見てメイジは頭を振っていた。
「わあ、戻らなくていいから~」
そしてふたたび正門前。あれ? 誰もいねえぜ。確か門番がいたはずなのでは。だが、叔父さんは笑いを堪えているだけだ。
「アンソニー、ほらあれ」
叔父さんが指さした先には門の陰に隠れてガクブルしている年配の門番さんがいた。
領主様は優しいので、こういう人には割と他で働けなくなった人が配置されているらしい。地理的要因からか、定期的にゴブリンが攻めてくるような土地柄で、その考え方はどんなものだろう。
「おーい。い・れ・てー」
俺は思いっきり可愛くぶりぶりと媚びてみたが、その俺が、まるで赤ん坊をあやすような雰囲気で抱かれているのを見て、彼らは俺から見ても非常に面白い顔をしている。
「そ、その化け物は一体なんだー!」
「嫌だなあ、僕のロバに決まっているじゃないですか!」
俺が手を振ると、二体はロバの鳴き声を披露した。
「「オバーカ、オバーカ、オバーカ」」
嘘ではなく、うちの村にいるロバはこんな風に鳴く。しかも、鳴く前のあの独特の溜めの長さまで再現している精巧さだ。日本だと「馬鹿にするな」と怒る人もいるかもしれないが。
「おい。そいつら、ロバの鳴き真似が無茶苦茶に上手いな……」
「恐縮至極にございます」
狂王が厳かに答えた。
「うお、喋った~!」
「喋りましたが、それが何か」
なんだろうな。こいつら、喋り方もやる事も俺に似てきている気がする。ペットが飼い主に似るって本当なんだね。ああ、あれも一種の電磁交換なのか。




