1-37 ペットが飼いたいの
そして村へと帰還した。
その前に教会へ行き、神父様に鹿肉を提供した。人生初鹿なのである。大切な人達に食べてもらいたかった。
「ほお、もう鹿が獲れるようになったのか。お前は偉いねえ」
「その年でたいしたものです」
神父様もアルスラムさんも褒めてくれた。最高に嬉しいぜ。教会の餓鬼どもには馬鹿受けだった。
「すげえな、アンソニー」
「素敵、お嫁さんにしてえ」
フォックス。それを言うなら、せめて金玉くらいは取ってから言えよ。
今は教会の子供も二人だけで、男の子ばっかりだ。赤毛で雀斑のフォックスは4歳、黒髪のアレックスは6歳。もちろん、体格ではどっちも抜いたけどな。
アレックスも大人びているのに加えて、見かけも大きいので8歳くらいに見える。俺は体が大きいが、子供らしく見えるので7歳くらいかと聞かれる。
自分の年齢で人を驚かせられる楽しみもあと僅かな期間のものだろう。今のうちに楽しめるだけ楽しんでおこうかと思っている。
「ただいまー」
「お帰りー。お土産はー?」
当然そんな事を言っているのはミョンデ姉だが、俺は自慢たらたらで鹿肉を見せびらかした。
「じゃーん、人生で初単独狩猟の鹿なんだぜー」
「おー! 凄いじゃん。これから食卓がもっと豪勢になるね!」
あまり働き者ではないが、食う事については、この家で俺に次いで熱心な女である。
齢6歳にして将来が既に危ぶまれているが、生憎な事に器量よしなので買い手には事欠くまい。なるべく、いい家の働き者の男を騙して売りつけるのもいいかなと思っている。
「あのさあ、お姉ちゃん。ペット拾ってきちゃったんだけど、飼ってもいいよね?」
「ペット? ああ、あんたって狼を欲しがっていたものね。ははあ、さては狼に狩りを手伝ってもらったね? まあ狩猟の成果に結びつくなら、別にいいんじゃない?」
これが、この女の基本的な考え方である。全ては実利一本。あまりに、きっぱりとしているため、むしろ清々しくさえある。
一体、誰に似たんだろうか。肝の太さは母親譲りではないかと思うのだが。まあ、言質は取った。別にペットが生き物だなんて言っちゃあいないからな。
まずはダストワン。
「ミハエルお兄ちゃん、ペット飼ってもいい?」
「ん? ああ、別に構わないけど。珍しいね、お前がそんな事を言うなんて。生き物はすべて食べ物と認識しているのかと思っていたよ」
ぐっ、兄上。私を一体なんだと思って。しかし、日ごろの行いがあれだからな。叔父さんとのサバイバル訓練が日常化している現状は否めない。
いざとなったら、蜘蛛でも蜻蛉でも、なんでも食べまっせ。さすがにティムだけは食わないな。食うとこもないし。ダストツー。
「あ、エマお姉ちゃあん。可愛いペット飼ってもいい?」
「あらあら、ようやくアンソニーにも生き物を慈しむ気持ちが湧いてきたのかしら。お姉ちゃん、嬉しいわ。今のままだと、生き物を見ると何も考えずに即座に全て仕留めるような大人になりそうで、とっても心配だったのよ。お爺ちゃんがよくそういう事を言っていたの。いわゆる、鬼の狩人の話ね」
なんですか、それ。怖い。しかし、家族が内心俺の事をどう思っているのかよくわかる、有意義な日だったな。ちょっと泣いてもいいかしら。まあ。とりあえずダストスリー。さて、次は。父は作業場で鋤の修理をしていた。
「お父さん、ペット飼ってもいい?」
「ペット?」
「叔父さんも了承済みだよ」
これは嘘じゃない。
「そうか、狩りに役立つ奴かな。構わんよ」
お父さんの脳裏にあるのは、狼の子供か鷹の雛だろう。
人間の子供の場合、よく仲良くなったりする事もあるからだ。よっしゃ、大黒柱からの了承はいただけたぜ。これでダストフォー。
普通ならこれで完全にチェックメイトだが、この世界でも、こういう事に関しては、やはり母親というものの権限は強い。
それに母は、どうせ買うなら山羊とか鶏を飼いたいのだ。村で飼っている人達を羨ましがっていたが、俺が肉は獲りまくってくるので、今のところその話はない。鶏なんかは卵が大変素敵なのですけれど。たまに肉なんかと交換で俺がもらってくるしね。
「ねえ、父さん。母さんは?」
「ん? 畑で仕事をしているんじゃないのか? もうそろそろ止めさせないといかんのだが」
「へえ?」
なんだろうな。とにかく行ってみたら、そこには驚愕の光景が広がっていた。ティム達が畑で草むしりを手伝っていたのだ。
「お、お前ら、一体ここで何をしているのさ!」
「マイロード、お母上は身重だ。これからは我らが御母堂様をお守りし、お助けします」
そ、そ、そんな事に何故! だが母さんは笑っていた。相変わらず、肝が太いな。
「この子達、あんたが拾ってきたんですって? 私を見かけたら、いきなり全員で平伏するものだから驚いちゃったわよ。よくできた子達ねえ。ところで、これは一体何なのかしら?」
ここで一番偉い人を見抜くのか、ティム軍団よ。そして、本当の事を言おうか激しく迷った。まさか、あのゴブリン軍団の幹部ですと、今言ったなら追い出されるかも!
「そ、それよりさ、母さん。赤ちゃん、生まれるの⁉」
「まだ先よー」
「僕、可愛い妹がいいなあ」
「そうねえ。頑張ってみるわ」
母上、無茶はおよしなせえ。今からではちょっと手遅れであります。それでも俺は可愛い妹の幻視に囚われて、母親のお腹にぺったりと張り付いて離れなかった。




