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1-34 王と家臣

 そして翌日は、昨日準備しておいた鹿肉のサンドやサラダ、温め直したスープ。そして山の幸の果実やサラダで済ませ早々と出かけた。


「いや、凄い山奥だね」

「なんのまだまだ。もっと奥へ、僕も行く事はあるよ。さすがに冒険者の行軍にはついていけないけどね」


 何しろ、こいつらみたいな一流の冒険者は行軍力も並ではないのだ。持続力も凄い。子供の足ではついていけるはずはない。


 だから俺にはロバが必要だったのだ。今日のお供は、山中では二歳児にも劣る貴族のおっさんだからな。なかなか楽々な道中だ。


 一度目の休憩が終わり、アリエスが入れてくれたお茶を飲んでいると伯爵が聞いてくる。


「まだなのかね?」

「もうすぐですよ」


 叔父さんもそう言って、やや疲れの見え始めた伯爵を宥めている。そう、あのゴブリン地雷原まで、あと少しなのだ。


 山の中だけど、やっぱり腐っているよねー。山もこの季節は暑い。日本なら、そろそろ食中毒警報が出る季節だ。


「よし、それではもう一頑張りするとするか」

 伯爵もやっと仕事にかかれるので嬉しそうだ。


 元々、王都から出張に来ていただけの人で、それが追加の仕事に駆り出されただけなのだ。これが終われば王都に帰れる。何しろ、山の中の仕事は避けたかったのに違いない。俺に捕まって逃げられなくなっただけなのだから。


 そして、我々が現地で見たものとは。


 そいつらの鳴き声が非常に五月蠅い。それはおびただしいカラスの群れだった。ゴブリンの肉を食いまくっていた。少々の事に動じない俺も、さすがにその光景にビビって叔父さんの後ろに隠れた。


「ね、叔父さん。この大量のカラスの群れ、どこから来たの?」


「おそらくは、ゴブリンに餌を取られて飢えていた者達が集まってきたのだろう。彼らはゴブリンには捕まらないだろうから。それにしても、進軍の道中にこれだけのカラスを飢えさせるとは。ゴブリン・スタンピード、恐ろしいもんだな」


 ひええ~。あわわわ。どうするんだ、これ。俺は伯爵を見たが、彼は達観したような顔でこう言った。


「カラスは自然のお掃除屋さんか。道理にはあっているな」

 あのなあ、おっさん。


「えーと、伯爵。収納は?」

 領主様が困ったように聞いたが、伯爵もこう言うに留めた。


「あの膨大な群れの集まったカラスから、餌のゴブリンを取り上げたら我々が襲われます。見なさい、人間を見ても逃げようともしない。あの賢くて用心深いカラスが。彼らも餌が不足して、なりふり構っていられないのでしょう。まだ先にゴブリンどもの死骸があるのですよね。そっちがどうなっていますか」


「はあ。では先に進みますか」

 だが、そちらはうって変わって静かなままだった。あの決戦の日そのままに。


 そして気がついた。こちらは村と同じように腐臭が漂っている事に。先ほどの場所は、腐りかけの部分からカラスどもが片付けていくので、あまり臭っていなかったようだ。だが、ここは。


「気をつけよ、皆の者。何かおる。どちらかといえば、あまりよくないものだ」

「何かって?」

 俺はこの場で一番頼りになりそうなマリアの背中に隠れた。


「まったく、お前はちゃっかりしておるのう」

 マリアは感心するように言ってくれる。


「いやー、それほどでも。叔父さんはアリエスに譲るべきですし」


 しかし、なんだ、この雰囲気は。そして、何かが動いた。ゆらっと陽炎のような空気の揺らめきが起こった気がしたと思う刹那。そいつは姿を現した。それは、なんと。


「狂王!」

 何故だ! 確かに倒したはずじゃあなかったのか。


 俺は構え、例の『魔法威力増大』を使ってみた。今度はチュートリアルも立ち上がらなかった。だが、代わりに画面が現れて、簡潔にこう表示されている。


【実力以上の格上との戦闘ボーナスにより5倍からスタート】と。


「ぐ、本来なら1倍からスタートって事なのか。マズイ」

 何故、あの狂王が生きていたのか知らないが、このままでは負ける!


 だが、貴族二人が俺達の前に立ちはだかった。

「逃げなさい、みんな。我々には、こういう時に率先して戦う義務があるのだから!」

「私は領民を守るぞ。かかってこい、怪物」


 うわあ、格好つけすぎ~。どう見ても強く見えないんだけど、この人達。でも足が震えていないのは、さすがだぜ。これが真に貴族の心得っていうものか。勉強になるなあ。


 そして苦笑いしたチーム・アネッサが前に出た。

「私達は正式にあなたの護衛を任された冒険者です。貴族様方、どうかお下がりを」


「そうだった!」

 渋々と下がる貴族達。そしてマリアが言った。


「アンソニー坊、どれくらいやれそうだ?」

「数値で言うと、あの時の20分の1ってとこかな」


「それはまた辛いのう。だが泣き言を言っても始まらん。行くぞ、ストーガ、奴の相手をせい。エルフの秘儀で奴の足を止める。あとは坊がどれだけやれるかだのう」


「ひえー、また俺かあ」

「当り前じゃ。幸いな事にエルフの秘薬は補充できたのでな。安心していってこい」


「ありがとうよ、姉御。ありがたさのあまり泣けてくるぜえ~‼」

 うわあ。冒険者、スパルタ過ぎ~。ストーガ、マジで半泣きだ。


 半分ヤケなストーガが飛び出していったが、狂王の奴、何か様子が変だった。

「なんだ?」


 前回は、あれだけ追い回したストーガには目もくれずに、ズンズンと前に出てくる。そして二人の貴族の前で傅いた。


「はあ?」

「一体、何の真似でしょう?」

 二人とも、首を捻っている。


 そうだろうな、多分こいつが傅いたのは彼らではなくて。事情を察した冒険者達が、笑顔で彼らをどかすと、奴はくぐもった声で俺に向かって言った。


「マイロード」と。


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