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1-31 食害

「アンソニー、本当によいのか」

「うん、村長さん。村はしばらく大変な事になると思うから」

「ああ、見回ってきたがな。惨憺たる有様だったよ」


 俺が村長と叔父さんと一緒に何の話をしているかというと、ゴブリンによる食害の話だ。あれだけの軍勢が突き進んだのだ。


 今回も、奴らは隠れて進んでいたので、表向きは静かだったが、周辺の山々は『何もかもが喰い尽くされていた』


 採集で生活している人もたくさんいるのだ。経済的には大打撃だろう。食っていけない人が多数出そうな勢いだ。うちの村だけではないと思う。あれだけの数がいたんだからな。


 キノコ、草の実、食草、果実に蔓、草根に木の皮、食べられる虫、人間には食べられない虫まで。小動物に獣も。はては小型の魔物に至るまで、もれなく全滅だ。


 山のこちら側にも獲物はいるが、それも非常に少なめだ。どうも最近獲物が少ないとか思っていた。その獲物たちも新しい縄張りを求めて山向こうに散っていくだろう。


 叔父さんはしばらく十分に狩りの仕事ができないかもしれない。もう結婚するのになあ。ゴブリンは大発生すると退治した後でも祟る~。


 まあ、ウサギやヒヨドリはいるんだけどね。畑がやられてないだけまだいい。畑があいつに蹂躙されていたらヤバかった。村が生きていけないわ。


 アラビムには悪いが、あいつらが来てくれていて助かった。それにアリエスも叔父さんのところに来てくれた。


 アラビム達は、村のために戦ってくれた英雄として村の墓地に立派な墓を建てる予定だ。それもあって俺は例の魔核を村に提供したのだ。


 もちろん、その資金は魔核の報奨金から出すのだ。魔核は、ああいう強い魔物ではないと残らないらしく、結構高く売れるらしい。


 サラムの町で領主様に提出すると、報奨金として結構貰えるみたいだ。今回はいいパーティに来てもらったので、村で冒険者を雇う金もかなりかかったので、その分の穴埋めもしてもらう。


 それだけしてくれても、あの始末なのだから。領主様もよくやってくれたよ。ただ魔物がその上を行っただけなのだ。


 ゴブリンは比較的増えやすい魔物だけど、あれはさすがにやり過ぎだ。国王様や王都の冒険者ギルドの連中だって頭を抱えるさ。うちの村が撃破されていたら、ある日突然に、あの狂王率いる大軍勢に王都が襲われていたかもしれない。


 領主様は魔核を国の中央に回して資金を作り、少し有事のための備えをしてくれるつもりらしい。要は冒険者みたいな警備を町に常設し、何かあれば即応性を高める感じだろうか。


 冒険者ギルドはあるのだが、常時冒険者を雇うのは金がかかる。それに並みの冒険者では駄目だしな。ここの町は古くて由緒はあるのだが、そう大きいものじゃないので備えるのは資金的に結構大変なのだ。


 ここの領主様は無駄遣いや贅沢とかせずに、しっかりした統治をしてくれている。そうでない村だったら、今度の件で経済が大幅に傾いてしまうだろう。廃村すらありうる。いや、実は問題はすべて片付いていないのだ。あれをどうするのか。


 ゴブリンの死体が気になるのだ。あれだけの量があるので疫病発生とかが気になる。もう結構嫌な臭いがしているのだ。山の方の奴は諦めて土に還ってもらうしかないのだが、村の奴はな。


 焼いてもいいのだが、また煙害がな。火事になる可能性もあるし、また集める手間が問題だ。何しろ、数が数なのだ。


 そんな話を村長としていたら、村にお客があった。立派な馬に乗った二人組だ。二人とも三十代の終わりくらいだろうか。片方は質実剛健といった趣で、もう一人は少し威厳を持った雰囲気だ。


「こ、これはグレイソード男爵。視察に来ていただけたのですか?」

 おや、それって我が愛しのご領主様ではないですか。むろん、質実剛健な方のほうだ。


「ああ、村長。それもあるのだが、今日は国が寄越してくれた特別な後始末人を連れてきたのだ。国も今回の事態を非常に憂慮していてね。詳細な報告書を出すように言ってきているんだ。後で話を聞かせてくれたまえ」


 あ、これヤバくないかな。詳細にっていうと、多分間違いなく俺の話になるよね。スキルや渡り人の話とかさ。


 俺は村長と叔父さんの目を見たが、二人とも目が泳いでいたので、俺も彼らの眼球遊泳に付き合う事にした。途端に挙動不審になった俺達を、領主の男爵様は怪訝そうに見ている。


「とりあえず、村はずれに死体の山があるのだったな。なんというか、すでにこのあたりからでも何か物凄い匂いがするのだが」


「それはもう、ゴブリンのみとはいえ、魔物の死体が五万体ですからな。暑くなってきていますし、もう三日以上放置していますので完全に腐っております」


 村長も顔を顰めながら説明する。地球なら役所に苦情が入って話し合いの場がもたれるシーンだぜ。ご希望のようだったので、村の衆が何人か一緒に行って貴族様の世話をする形になったのだが。近づくと、ますます匂う。これは凄いな。鼻が曲がるなんてものじゃない。


「うおっ、これは」

「なんともまた」

 領主様と国の役人らしき人物は、もう馬から降りて鼻を摘まんでいる。


 馬は進むのを嫌がって嘶いているからだ。馬は自分で鼻を摘まめないもんね。

「臭あ、ゴブリン臭あ」とか言ってそうだな。


「これは、さすがの私も嫌気がさしますね」

「ブルームン伯爵、今更それはないですぞ。さ、お願いいたします。お役目なのですから」


 男爵に引きずられるかのように連行されていくブルームン伯爵。正直言って、これは伯爵たる人物の仕事ではないと思うんだけどね。


 どっちかというと下っ端の仕事だ。面白いので俺も鼻を摘まみながらついていった。行きがかり上見届けるというよりも、単に好奇心からだ。この人達、一体何をするつもりなのか。そして伯爵が呼ばれた理由にも興味がある。


 そして、ゴブリンの壮絶な死体。何が壮絶かというと、俺が風魔法で刻んだ死体がとてつもなく腐ってきているのだ。細切れでなかったのなら、まだよかったんだけどなあ。


 そして。すっげえ蠅の数。地上を覆う黒い雲のようだ。これまた大量に蛆が湧いてんなあ。オエエー。


「う。これはまた、なんという」

 あ、伯爵がもう涙目だ。伯爵なのに、こんなところに来なくちゃいけないんだからな。


 伯爵って、結構偉いのよ。お役目、ご苦労様です。さ、ささっ、早う。何かやってくれるんでしょ。早う。


 そんな俺の、鼻を摘まんででも見たいというガッツある野次馬的根性な様子をチラリと眺めつつ、重い溜息を吐いた伯爵はこう言った。


『無限収納』

 なんだとー‼


 そして、無限にあったかと思うようなゴブリンの腐乱死体は跡形もなく消えていた。


 待てや、おっさん。この世界にそんなスキルあったんかい。興奮した俺は思わず伯爵の上着の裾を皺になるまで両手で握り締めていた。だってなあ。この俺も使えるようになったんだぜ、無限収納を。


「はて、男爵。この子は?」

「さあ。君は誰なんだい?」


「あ、ただの村の幼気な幼児Aです。どうぞ、お構いなく」

 そう言いつつ俺は領主様にすりすりした。


 よし、こっちもゲットしたぞ。ついでに頭も撫でてもらっちゃった。まさに油断のならない奴というのは俺の事なのです、ハイ。


「しかし、なんだね。ゴブリンキングやゴブリンメイジなら、それなりに素材として売れそうなものだがな。しかも信じられないくらい大量に。


 ここまで腐敗していると、もう腐乱死体として処分する他はないねえ。まあ魔石はそれなりの量ではあるのだが。一応、回収料金として半分いただいておくが、よろしいかな」


「ええ、それはもう。はるばる遠方からご苦労様でした」


「ああ、いやいや。たまたま馬で三日ほどの距離にいたものだから。私がいて良かった。さもないと、この季節なのだからなあ」


「ああ、本当によかったです。疫病で村が全滅してしまいそうな勢いでしたからな」

 だが俺は好奇心を抑えきれない。


「ねえ、伯爵さま。蠅は?」

「う、そう来たか、子供。男爵、申し訳ないが生きている物は収納できないのだ。蠅は諦めてほしい」


「まあ、そういう事だから」

 そう言ってご領主様は俺の頭を撫でてくれた。だが俺は可愛く伯爵に言ってやった。


「あと、山の向こうの五万体は?」

「う」

 思わず詰まる伯爵。


 報告では聞いているのだろうが、山奥まで行きたくないので、すっとぼけていたのに違いない。


「で、できれば、それもお願いしたいのですが」

 さすがに山奥の分までは言い出しにくかったらしく、領主様の目が『グッジョブ』と言っていた。


「はあ、仕方がない。そっちも行きますか」

 助かるなあ。あれが風化するまでなんていったら、俺の狩場がえらい事になってしまう。


 最悪自分で片付けてもいいのだが、それだと問題になる場合があるからなあ。スキルの事が各方面にバレバレになりそうだ。特に伯爵様から無断で盗ったスキルだしな。


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