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1-3 まずは謝罪

「ごめんよ、二人とも。真奈美、美穂。もう一つ、どうしても謝っておかなくっちゃいけない事があったんだ。実は君たちの他に女が、もう二人いました。本当にごめんよ」


 俺は目を覚ますなり、そんなことを口走っていた。だが、それはうまく言葉になっていないようだった。俺は驚いて身動ぎしたが、なんだか変だ。あれ?


 どうやら天井に向けて寝かされているようなのだが、病院ではなさそうだが、体もうまく動かない。まあ、あれだけ刺されたのだからな。無理もない話だ。


「起きて早々に、何を口走るのかと思えば。お前は本当にどうしようもないやっちゃのう」


 呆れたような声を上からかけてきた奴がいた。まあ呆れるような事を口走ったのだが。二人はここにはいないようだった。


 死んだのだろうか。いや、その前に俺はどうなったのだ。そして、俺は視界の隅にそいつを捉えた。なんと猫だ。喋る猫か、これはまた。


 俺は目を見開いて、そいつを見た。体はうまく動かせないのだ。年を取っていそうな黒猫だな。声の感じとしては雌、御婆ちゃんだな。雰囲気からもそう受け取れた。


 だが喋ったぞ。そして、俺の言葉にはなっていない言葉を、ちゃんと理解してくれたようだ。俺はありがたく、引き続きの会話に突入した。


 体が動かないし、看護師さんもいないのだ。担当さんが美人看護師さんだといいな。確か内勤には美人看護師が多いはずだ。ああ、全然凝りてねえや。それは女に刺されるわけだわ。


「あんた、もしかして猫又か何かかい?」


「お前の言う猫又というものが何なのかは知らんが、わしはこの家に住み着いておる精霊じゃ。まあ家の守り神みたいなものじゃ。何かとんでもない者がこの家に生まれたようなので、もっかのところお前を絶賛監視中なのじゃ」


 精霊さんねえ。よく見たら尻尾は猫又みたいに分かれていないな。猫尻尾は鍵尻尾が好みなんだが。あれ可愛いよな。


 そして現実逃避はやめにして質問する事にした。こいつ以外に誰もいなそうだし。しかし、このベッド、やたらと周りにある柵が高いんだが。それに木製だな。病院じゃあ珍しいのではないか。


「いいけど、精霊さん。ここはどこなんだい。俺は生きているのか?」

「生きておるといえば、生きておるのだがの。世界を越えし者よ」


「え⁉」

 俺は必死でもう一度周りを観察した。ほぼ目玉しか動かん。


 相当重症なようだった。無理もないぜ。生きているのが奇跡のような刺されっぷりだったからな。天井は木造で素朴な感じ。これは金持ちの家ではなさそうだ。


 病院ではないのだろうか。部屋は大きいように見えるが、どうなのだろうか。そして、何故か知らないが猛烈に眠い。大怪我のせいだろう。


 世界を越えし者ってなんだ。だが、俺はその眠気に耐えきれない。猫がベッドらしきものの縁から飛び降り、そして手というか前足でシーツを直してくれている。お世話かけるね。俺はかろうじて、こう言った。


「おやすみ、ばあや」

 俺の、睡魔に屈する間際の挨拶に猫が笑ってくれたらしいのを確認し終えて、俺は混沌の眠りへと誘われた。


 う……人の声がする。さっきの猫ではない。あれは夢だったのだろうか。これは若い女性の声らしい。美人かな?


「ねえ、お母さん。坊やが起きたみたいよ」

「あらあら。ほら坊や、お母さんですよ」


 坊や? そいつは誰の事なんだ。その人たちは西洋人のようだったが、言葉は不思議と理解できた。明らかに日本語ではない。


 そうか。生体情報電磁交換の能力で言語能力を習得済みだったのか。だが慈しむようにベッドの中を覗き込む二人の顔に、俺は本能的な好意を抱き、自然と笑顔になった。


「見て見て、お母さん。この子、私の顔を見て笑ったのよ」

「あらあら、エマ。お母さんを見て笑ったのよ。そうら、アンソニー」


 アンソニー? 誰だ、それは。だが、喋れない、意味不明瞭な唸りというか音を発するしかできない俺の疑問に答えてくれるでもなく、彼女は俺の体を抱き上げた。力強いな。それに、やたらと大きく見える。


「ええーっ。ちょっと、お姉さん。知り合って早々にそれは~」


 同じ二十代くらいの感じだ。俺より一つ上くらい、二十五歳くらいの感じだろうか。やや、お姉さんかな。だが、いきなり知らない西洋人のお姉さんから愛情を込めて頬ずりされてしまった。


「あう」

 だが、そんなに嫌な気持ちではない。むしろ心が温かくなるような不思議な気持ち。遠い過去にあったような、そんなノスタルジーを刺激されるような。


「あー、お母さん。ズルイー。あたしにも抱かせて」


「えー、これはお母さんが生んだ赤ちゃんなんだもの。あなた、欲しいなら自分でこさえてきなさい。あんただって、生まれた時はこんなに可愛かったのよー」


「ええー。って、あたしまだ九歳よ~」

 お母さんが生んだ赤ちゃんだと! こ、これはまさかと思うが。俺は今、赤ん坊なのか。


『リーンカーネーション』


 どうやら状況から見て、俺は女に刺されて死に、リーンカーネーション、生まれ変わりでどこか西洋の国の赤ん坊に転生したらしい。


 そして抱き上げられたので自動的に周りを見る事が可能になった。どうやらまだ生まれて間もなくて、首とかちゃんと座っていないらしい。


 自分で視界を確保するのが非常に困難だ。困ったものだ。母上は、なんというか、昔の西洋の農婦のような感じか。


 もしかしたら、東欧かどこかだろうか。やべえ、きっと美人が多いぜ。


 俺の母親らしき方は、まださほどの年でもないが、子供を何人も生んでいるせいか、そのださい服装と相まって若干年齢よりも老けてみえるようだ。それでもまだまだいい女といった感じはする。


 そして、父が頑張ってくれたおかげで、俺は無事に誕生できたようだった。ありがとう、まだ見ぬ父。きっと夜の生活以外に娯楽が少ないんだな。


 周りを見ると、もしかしたら大きめの納屋か何かじゃないかと思うような建物だった。だが、おそらくこれが家なのだ。どこの国なのだろう。彼らが話す言語に、特に心当たりはない。


 姉の方は九歳と言っていたな。金髪ロングの、なかなかの美少女のようだ。映画なんかでよく見かけるような子役の美少女だった。


 このような鑑賞物が身近にあった事を神に感謝したい。今は見る以外に何もできないのだから。抱っこしてくれたり、覗き込んでくれたりしないと、それもかなわないのだが、幸いな事に彼らは俺に関心が深いようだ。


 まあ生まれたての赤ちゃんなら可愛いからな。ほどなく、小さな子供達の声が聞こえてくる。男の子と女の子だ。


「お母さん、アンソニーは」

「赤ちゃん、起きたー?」


 アンソニー、やはりそれが俺の名前か。パッと見に7歳くらいの男の子、そして4歳くらいの女の子。どちらも比較的ショートカットにしている。


 あまり短くないのは、散髪器具の性能のせいだろう。長くしてからぶったぎった方が楽だしね。世界を越えたとか言っていたな、それにあのような喋る猫の精霊。あれが夢ではなかったとするならば、まさかここは。


「あらあら、ミハエルにミョンデ。騒々しいわね。赤ちゃんなら逃げたりはしないわよ」

 子供達は母親にせがんで、俺を抱き上げようとしている。


「いいけど、落としちゃ駄目よ」

「大丈夫だよー」

 本当に大丈夫ですか? 親愛なるお兄様。


「あたしもー」

 あなたの方が心配ですわ、下のお姉様。


 俺はドキドキしながら、彼らの手に委ねられることになった。本当に頼みますからね。赤ん坊は体が柔らかいとは言いながら、どたま直撃は勘弁のココロよ。


 先に抱っこする権利はお姉さまに譲られた。優しそうなお兄様でちょっと一安心だな。だが、幼い彼の妹の抱かれるのは少し心配だった。


 普通、赤ん坊って抱かれる時にそういう心配しないよな。落とされたら思いっきり泣くだけの話だ。


「きゃあー、可愛い。私の弟~」

 お人形さん代わりだと思われているのか、抱いて振り回そうとするお姉さま。


 そして悲劇は起こった。その手の中から俺の体がすっぽ抜けたのだ。産着がいくらか大きめだったようだ。事故発生!


「うわあー、やられたー。前世に続いて、またしても女に殺されたー!」

 これが業というものだろうか。


 畜生、せっかくまた生まれてこれたのによー。その叫びはただの赤ん坊の泣き声として世に放たれた。


 だが奇跡は起こった。いや、奇跡というか、ただの猫クッションのお蔭だった。精霊さんが回り込んで、物理的に干渉してくれた模様だ。


 そして、彼女はつぶやいた。

「やれやれ。おぬし、女難の相が出ておるのう。不吉じゃ」


「お世話かけます。できれば精霊さんからの、そういう不吉な予言は無しの方向でお願いします」


「まあ、この家におる間は見てやるつもりじゃがの。おぬし、生前は女に悪さをし過ぎたのではないか?」


「無理やりとかは無かったのですが。四つ股はちょっとやり過ぎだったでしょうか」


 それを聞いた猫は大笑いしていたが、家人には聞こえていないようだった。見えてもいないしね。


 この件のせいで、四歳のお姉さまは母親からかなり怒られて、しばらくの間は俺を抱っこさせてもらえない事になったようだ。やれやれ一安心ってものだぜ。今のうちに対策を講じねば!


 どうやら、俺の事を少々振り回しても大丈夫なお人形と勘違いしていないだろうか。赤ん坊は、母親からの無料のプレゼントだしね!


 俺は激しく決心した。今後生まれてくる俺の弟や妹は、きっと俺が守ってみせるぜ。


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