1-14 憧れの冒険者(のスキル)
「アンソニー、アンソニー。起きてちょうだい」
俺はいかにも農婦でございといった飾り気のない格好をした母親に揺り動かされて目を覚ました。
「おおうっ。ゴブリン、ゴブリンなの?」
俺は慌てて弓を構えた。
「あれ、矢はどこだ」
「寝惚けないでちょうだい、危ないから。冒険者さんがお前の話を聞きたいんですって」
「おっと、冒険者さんだー!」
あぶねえ。スキルゲットのチャンスを逃がすところだったぜ。
「なあにー、冒険者さん達~」
俺は可愛く駆け寄って冒険者に抱き着こうとしたが、何故かそいつはヒラリと身を躱した。
「おうふ」
俺は無様にすっ転がってしまった。
だが、慌てて駆け寄ってくれた女性冒険者さんがいた。
「何やってんのよ、ストーガ。この脳筋馬鹿」
「すまん、アイサ。ああいや、なんとなく悪寒がしてさ」
お兄さん、鋭い。脳筋の直感?
俺は土埃を掃ってくれるお姉さん、アイサさんから、さっそくスキルをいただいた。
『感知』『索敵』
感知はセンサーのようにいろいろな情報を感じ取るのか。トラップなんかにも有効とな。索敵は獲物の位置などを探れるのか。エコーとかレーダーみたいなもの?
いや、きっとこれらのスキルは世界とやらが教えてくれるのではないだろうか。この人は、いわゆる『シーフ』の役なのか。こいつは便利な能力だぜ。
他に『速射弓術』『短刀格闘術』『瞬歩』『隠密』などの斥候らしいスキルを入手した。狩りに大いに役立ちそうで何よりです。
しかし、何かこれと違う感がないでもない。いまなら山刀が戦闘に使えそうな気がする。瞬歩があれば町まで行けそうな気がしたが、どうやら持続させるためには結局体力がいるらしい。
体力作りは頑張らなくっちゃ。隠密を使えば、かくれんぼで村一番のチャンピオンになれそうな気はするが。
ついでに薄手の革鎧というか、革の服に包まれたおっぱいの感触も顔面で味わっておいた。ぎゅむっと抱きしめてくれたので。俺も思わず笑顔になった。もう、おっぱいが御飯の時代は終了したのだから。
「いやあ、しかし、こんな子供がゴブリンをやったなんてなあ」
「ほほ。この子は大きいですけど、まだ二歳ですのよ」
「え、マジで!」
そして、俺は可愛く「冒険者のお兄ちゃあん」などと言いながら彼の足元に掴まった。ざまあ、ストーガよ。ついに捕まえたぜ。
さっきはよくも逃げてくれたな。チェックメイトだ。さあ、大人しくこの幼児に、お前のスキルを払ってもらおうじゃないか。
このお兄ちゃんは『軽戦士』だった。
『遊撃』のスキルは自在に動く事ができる。特殊な足運びがセットになっているな。
簡単にはやられちまわずに済む。さっきの瞬歩と合わせれば変幻自在に戦えるぜ。ただし、剣技などの接近戦専用スキルのようで、今の俺には少し考え物だ。
これらのスキルというのは、その人間が習得し習熟した技能やノウハウをDNAに刻んだデータファイルのパックのようなものなのだ。
ゲームのキャラクターのようにステータスを持っているわけではないのだ。例えば書道の先生の持つ習字力みたいなものだろうか。
習字を上手く書くためのコツ、その人が長年かかって身に着けたノウハウの集合体のようなものだ。パックされた能力を、そのまま使う事は可能だが、習熟していなければ本家には劣るもののはずなのだ。
このお兄さんストーガは、他に戦士らしい特技を持っていた。
『スラッシュ』
一般的な剣戟だが、機動性を重視した片手剣。両手バージョンもある。小器用だねえ。
『ラッシュ』
連続的に切り付ける技だ。これは凄いな。俺はいい体を作れそうだから、将来は大剣でこれをやれそうだ。さすがに今は鉄の剣は無理だ。あとで棒切れでも振って練習するかねえ。
『パリー』
剣による弾き技だ。これがなかなか難しい。
へたにやると命取りになりかねないが、カウンターで相手を仕留める事も可能かも。瞬間、二刀流を凌ぐ事も可能化もしれない。覚えておいても悪くはない業だ。ありがたい。
『ヒットアンドラン』
野球のヒットエンドランではない。攻撃と離脱を、相手の攻撃を躱しながら上手に繰り返す、遊撃らしい技だ。今の俺が手強い獲物と接近戦をやるなら凄く有効だ。
しかし、俺は魔法が欲しいのだ。攻撃魔法が。
そして見つけた。そこにいた最後の一人、妙なローブを着込んだ女を。
これは多分魔法使いではないだろうか。俺は無邪気を装って近寄り、抱き着いた。しかし、次の瞬間跳ね飛ばされた。
「おごう!」
俺はごろごろと激しく転がって、幼児らしく芋虫ごろごろを披露し、わざとぐったりして死んだふりをした。
もちろん、道中わざと自分で加速しております。これも、我が地球の先祖藤原敦之進様の【超速芋虫ゴロゴロ】のスキルだ。将来立派な人物になったのだが、御幼少の砌はこれが特技で周囲を大いに沸かせたという。
「え、ちょっと。そんな強くしたつもりは」
魔法使いの女はうろたえた。
「ちょ、アイリーン。お前、いくら男嫌いだからって二歳の子供にやり過ぎだろう。そいつ死んだんじゃねえ?」
「うわあー、アイリーン。あんた、ついに子供殺しに。いつかやるとは思ってたわあ」
楽しそうだね、アイサさん。
この人は俺が生きているのをスキルで知っていて、その上であの姉ちゃんを弄っていやがるのだ。いけねえ、こっちも笑いがこみあげてきたぜ。
「アンソニー。ふざけてないで起きなさい。ほほ、すいませんね。この子、死んだ真似が上手くって」
起き上がって埃を払いながら無邪気に笑う俺に、アイサさん以外の冒険者さんの苦笑いが降り注いだ。何しろ、こいつは死体専門の若い売れない役者からもらったスキルだからねえ、あっはっは。




