三十二話 平和な日常の終わり
本日二話目です。
平和? ああ、はいはい、そんな時期もあったな。
平和って、案外簡単に壊れるものなんだ。初めて知った。
初めてでもないか。日本で、自覚する間もなく死んだし、壊れる時は壊れる。
何が起きたかっていうと、話すと長いんだが、簡潔に述べるなら。
領主の命がやばい、と。
その報を持ち帰ったクートは、俺や兵士を集めて、詳細を話してくれる。
「ウンベホッコの奴め……旦那様が謀反なんぞ起こすわけがあるまいに……」
クートがぶち切れてるように、領主の命がやばくなってるのは、ウンベホッコが陥れたって話だ。
ウンベホッコってのは、領主の政敵だっていう、別の町の領主。
覚えてるか? 俺は忘却の彼方だったぜ。
俺の記憶力の悪さはいいとして、事の起こりは領主が王都に行った時だ。
ゾンビ虫の研究成果をまとめたレポートを携えて、王様とか偉い貴族とかに報告しに行った。
クートも一緒で、領主の妻として王様と謁見する予定だったそうな。
領主の性癖は広く知られてるらしく、クートが妻を名乗っても問題なかった。
パンドさんたち私兵も引き連れて、護衛は完璧。
つっても、何かあるとは考えてなかった。
大発見したんだから、邪険に扱われるわけがない。護衛は念のためだ。
なのに、だ。
お城に到着するなり、領主は捕縛されて、牢に閉じ込められた。
クートやパンドさんたちも、わけが分からないまま領主と引き離された。
ウンベホッコの仕業だ。領主に先んじて王様と謁見したウンベホッコは、領主がゾンビ虫を使って国家の転覆を企んでるって吹き込んだ。
「旦那様は、左遷された身じゃ。王都の貴族どもの印象も悪い。一方で、ウンベホッコは国の英雄じゃ。どちらの言葉を信じるか、考えるまでもないの。見る目のない奴らじゃ」
忌々しげにクートが吐き捨てた。
ウンベホッコの陳情があったせいで、領主は捕まってしまったんだ。
ゾンビ虫のレポートを持ってたのも、歪曲されて、国家転覆を企んだ証拠とされた。
研究のためにゾンビ虫を捕まえて、町に持ち帰ったのは事実だしな。
町中には持ち込んでなくて、外で研究してたし、安全には細心の注意を払った。実験に使ったのも凶悪な犯罪者だ。
でも、こんなのはどうでもいいんだ。ウンベホッコには、付け入るネタがあれば十分だった。
ゾンビ虫を捕まえていた。
それは、悪用するためだ。
国家転覆を企んだからだ。
論理の飛躍で、領主を陥れることに成功した。
クートは、領主を助けて逃げようとしたが、その領主が命じた。
自分はいいから、カララドの町に戻るように、って。
クートだけなら、お城の警備なんかものともせずに逃げられる。移動だって、馬車よりもクートが走る方が遥かに速い。
馬車で半月はかかる距離を、わずか三日で踏破して、町に戻ってきた。
町を守るために。
「ウンベホッコの描いた筋書きはこうじゃ。カララドの町にゾンビ虫をばらまき、人々をゾンビにする。そこにウンベホッコが登場し、ゾンビどもを退治して、勲功を立てる。ついでに、亜人どもも退治する予定のようじゃの」
人々がゾンビになったのは、領主のせいにする。国への反逆罪だな。
自分は、ゾンビを倒して英雄になる。カララドの町一つで被害が収まった、って具合に。
ここまでは分かるんだが、亜人が出てくるのはなんでだ?
「なあ、亜人はどう関係してるんだ?」
「ウンベホッコめは、亜人と通じておる。持ちつ持たれつ、うまくやっておるようじゃ」
「……亜人って、人間に従うのか? 意思疎通ができないって話じゃ?」
「ピンキリじゃ。魔物と同じで、知能の高い亜人もおれば、低い亜人もおる。ウンベホッコは、話の通じる亜人を味方につけたのじゃ」
クートの話には驚いたが、転生者の俺よりも、現地の人である兵士たちの方が驚きは上だった。
代表して、ミラレマさんが意見を述べる。
「ま、待ってください。亜人との交流は、国の法で禁じられております。破れば極刑に処されますよ。本人だけではなく、一族郎党全てが」
亜人差別に聞こえるかもしれないが、亜人は人にあらずってのが常識だ。
見た目も違うし生態も違う。人間に似てる部分もあるが、違いの方が大きい。
人間と魔物の中間って考えればいいかもな。人間ではなく、魔物でもない、中途半端な存在。
死体が残ったり、睡眠を必要としたり、普通の生物のような特徴はある。
亜人を殺して俺のZPが減ったのも、亜人は人間であると判断されたからだ。
でも、一般的な扱われ方は、魔物と同じ。魔物に近い能力も持つ。
例えば、ゾンビ虫に刺されても魔物は影響を受けないように、亜人も影響を受けない。
亜人は肉を好み、人間の肉が大好物。人間は格好の餌だ。
こんな感じで、亜人は一応人間に分類されるんだろうが、扱いは魔物と同じくくりなんだ。出会えば、即抹殺が常識。
敵である亜人とつながってるなんてなれば、そっちの方が国家反逆罪だ。
「ミラレマの言う通り、これは大罪じゃ。我や旦那様は、秘密裏に証拠を集めており、近々ウンベホッコの罪を白日の下にさらすはずじゃった。奴に先手を打たれたため、無駄になったがの。今さら言うても、旦那様が罪を逃れるための嘘としか思われまい」
「……もしかして、透歌が襲われた件も?」
「ウンベホッコの仕業じゃの。透歌の親がウンベホッコとグルであり、護衛にウンベホッコの息がかかった者がおった。そやつが、亜人が待ち構える地点で馬車を止めたのじゃ。亜人の襲撃で透歌が命を落とし、親は被害者として旦那様の責任を追及する。ウンベホッコの後ろ盾があれば、旦那様にも物申せるからの。被害の全てを旦那様のせいにする計画じゃったらしいが、サズマが助けたため潰れたのじゃ」
俺の予想が的中した。あれは、ウンベホッコの計画だったんだ。
馬車を止めるのは難しくない。メーランが吐きそうになった時、止めてたしな。
透歌の親さえ抱き込んでおけば、いくらでもできるってか。
親も親だ。娘を殺す手伝いをしたのかよ。金さえもらえれば、用済み?
胸糞悪い話だ。
「旦那様が護衛を出すと言ったのに、自分たちで雇うから金をよこせと言われた時点で気付くべきじゃった。金が欲しいだけと考えた、我や旦那様のミスじゃ」
「ここに、透歌がいなくて助かったな」
いつかは伝える日がくるかもしれないが、今は隠しておきたい。
しっかりしてるように見えて、まだ十三歳なんだ。
「透歌の件は置くとして、ウンベホッコは亜人にゾンビ虫を持たせ、町を襲わせようとしておる。ただし、協力者である亜人は、ウンベホッコにしてみれば自身が成り上がるための踏み台でしかない。ゾンビ虫も、ゾンビになった人間も、亜人も。例外なく叩き潰してゆくじゃろう。証人を生かしておくと、将来に禍根を残す」
いつまでも亜人とつながってると弱点になるし、ここらで切り捨てようってか。
領主の関係者も皆殺しだろうな。屋敷で働く人とか、領主の妻とか。ゾンビ虫や亜人を回避したとしても、ウンベホッコに殺される。
それどころか、町の人も皆殺しにする気かもしれない。
つまりこの町は、亜人とゾンビ虫とウンベホッコの脅威にさらされてる、と。
大ピンチじゃねえか。
全員、黙り込んでしまった。あまりの事態に頭が追いつかない。
クートは、集まったメンバーをぐるりと見回してから告げる。
「ミラレマは、兵士を率いるのじゃ。パンドおらぬ今、代理の隊長が必要となる」
「わ、私ですか!? 他に適任者が……」
「パンドの指示じゃ。ミラレマに任せよ、と」
パンドさんを始めとして、腕の立つ人は領主の護衛で王都に行ってる。
そこで捕まってるんで、残ってる人でなんとかするしかない。
白羽の矢が立ったミラレマさんは、不安そうにしてたが、覚悟を決めた。
「分かりました。若輩の身ですが、精一杯務めさせていただきます」
「うむ。そして、サズマ。お主は、遊撃として動いてもらう」
「冒険者を率いるって言われるかと思った。遊撃でいいのか?」
「新参者のお主に、冒険者が従うものか。そちらはカラと相談し、適任者を割り当てる。我とお主は、この町で一、二の腕じゃ。部隊に組み込むよりも、適宜動く方がよい。切り札じゃな。期待しておるぞ」
一番と二番の差があり過ぎやしませんかね。俺、クートの足元にも及ばないぞ。
まあ、クート一人じゃできることも限られる。いくら強くたって、体は一つだ。
多分、亜人を全滅させるなら、クートだけで十分だ。
町の防衛となると、強者が一人いるだけじゃどうにもならない。敵は倒せるかもしれないが、倒すまでに多くの被害が出る。
いや、待てよ。わざわざ町で構える必要はないんじゃないか?
「こっちから打って出るのはダメなのか? 先に亜人を倒しておけば……」
「我も考えたが、難しいの」
クートは、人差し指を立てて、上に向けた。
天井に何かあるのか?
「亜人は、空からやってくる」
天井じゃなくて空でした。
クートでも、空にいる敵には手が出せない。
「後手を踏んでしまったのが悔やまれる。ウンベホッコめ、亜人を使って大量のゾンビ虫を確保しおった。のみならず、気球まで持ち出してきおって。気球に乗った亜人が、空からゾンビ虫をばらまき、混乱に陥ったところで攻め入る作戦じゃ」
「た、大変じゃないですか! 空からゾンビ虫が降ってくるなんてことになったら……考えたくもありません!」
「落ち着つかぬか。冒険者ギルドとも相談するが、市民には家にこもっていてもらうことになるじゃろう。お主らや冒険者たちは、基本的にゾンビ虫の退治じゃ。我とサズマ、一部の実力者で、亜人と戦う。被害を最小限に食い止めるのじゃ」
ざっくりした作戦だな、おい。
だからって、俺に代案があるかっていうと……微妙だ。ないわけじゃないが。
一応、提案するだけしてみるか。
「いっそさ、みんなで逃げたらどうだ? 町から人がいなくなったら、ゾンビ虫も亜人も関係ないだろ。家や町を捨てるのは嫌かもしれないけど、生きてればやり直せるんだ」
「どこに逃げるのじゃ?」
「どこって……他の町とか」
「カララドは、この辺りで最も発展しておる町じゃ。何人が暮らすと思っておる。分散したとしても、他の町や村では到底受け入れられぬ。遠くへ行くのも無理じゃの。馬や馬車の数は限られておるし、女子供、老人、病人を優先するとしても全く足りん。個人単位で逃走するのは可能じゃろうが、町全体でとなると不可能じゃ」
「やっぱ、無理か。俺も、自分で言ってて非現実的だとは思ったよ」
じゃあ、クートの作戦でいくしかないか。
一大決戦って感じだな。俺が転生してから、間違いなく最大級の。
にしても……ちょっと罪悪感だ。俺のせいじゃないって思いたいが。
俺、盛大にフラグ建てたよな。ほら、ゾンビ虫を確保しに廃坑へ行く時。
死地に赴く主人公的な展開が、男のロマンだって考えた。命懸けの戦いが格好いいって。
あれのせいで今の事態があるわけじゃないが、フラグを建てなければ。
俺が罪悪感を抱いてたら、鋭く見抜いたクートが言う。
「サズマのせいではない。お主が透歌を助けなかったとしても、ゾンビ虫の秘密に気付かなんだとしても、ウンベホッコはいずれ行動に移しておった。気に病むな」
あ、フラグじゃなくてそっちね。
そう言われると、透歌を助けたのもゾンビ虫も、俺がきっかけだな。
いかん、ますます罪悪感が……
こうなったら、町を守るために戦うか。




