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第三話 林檎は私だ

今日もゴールを定めていない作業を繰り返す。


何かを満たそうとしているのに、物体が出来上がるたびに小さな寂しさが浮上した。


私は何がやりたいのだろう。


「で、結局、小鹿ちゃんはいつも何作ってんの?」


ベランダへの扉から半分体をのぞかせて、紙パックから生えるストローを口にくわえたまま、不意に話しかけてきた矢崎さん。


「針金細工とでも言いましょうか……」


私の手元には、銅線で作りかけられた十円玉色のかたつむりがいた。


手元だけではなく、しゃがむ私の周りには十円玉色の物体がごろごろしている。


いくつもの銅線で湾曲が表現されている林檎。

丁寧に折り曲げられた銅線の花びらを重ね合わせたたんぽぽ。


挿絵(By みてみん)


「なんだか、変わったおじさんが路上で売ってそうなもん作ってんな」


薄ピンクのシャツにカーキ色のカーゴパンツで登場した矢崎さんは、この前のスーツ姿と違い、何も考えてない大学生そのものに見えた。


「ひどいですね、その言いよう」

「別にけなしてないけどな」


そう言って、また何の断りもなく隣に座る。


飲んでいたレモン80個分のビタミンCジュースをあぐらの膝横に置き、カーゴパンツのポケットから梅干しが中に入った飴を取り出して、その小さな袋を破いた。


「その組み合わせ、すっぱすぎません?」

「今日は口中をすっぱくしたい気分なんだよ」


甘党だと勝手に思っていたが、酸味も好きらしい。


矢崎さんは飴を口に含んだ後、私にも飴を「ん」と言って、くれた。


「小鹿ちゃんは、それ、作ってどうしていきたいの?学祭出展?個展?」

「個展なんてまさかそんなっ!学祭もー……、なー……、こんなもの人様に見せられるようなものじゃないですしねー……」

「それじゃあ、路上で売ればいいよ。井の頭公園あたりで。おじさんと一緒に」

「……真顔でばかにしないでくださいよ」

「いやいや、俺は買いに行くよ」


そう言ってにっこり笑った表情を見て、なんだか何でも許されるかのようなずるい人種に思えた。


その流れで、矢崎さんは林檎の作品を手に取る。


「でも本当に綺麗だと思う」


湾曲された黒っぽい茶色の線をなぞる。


太陽が葉と葉の間から、さらさらとその姿に光をそそいだ。


林檎は私だ。


作りかけのかたつむりも、たんぽぽも、他にごろごろ転がっているものも、それは全部、私。


「……作ったもの人に見られるのって照れますね」

「今まで誰かに見せてこなかったの?」

「うーん、なんか変なもの作ってるなぁと思われてるぐらいで、実際にちゃんと見せたことはないですね」

「ふーん。理解ある彼氏なんてものはいないわけだ」

「うーん、まぁ、一般人的な彼氏しかいませんね」

「ぶぇっ!彼氏いるの?」

「まぁ。……あーあ」


あまりに意外だったのか、「ぶぇっ!」のタイミングで口から飛び出した飴が、ベランダの端っこにころころ転がった。


「極端に言えば『アートサークルって何、気持ち悪いんですけど』ぐらい思っちゃうような、毎日フットサルしてる健全な一般的な大学生ですよ」


ハケで遊んだ白絵の具の跡のような薄雲よりも、もっと遠くの青い空を見た。

お互いに恋をして付き合った大樹(だいき)君はここにはいない。

彼は地元に残って日々フットサルをしているだけだ。

遠くに来てしまったんだ、私が。

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