第二話 彼女が彼女らしく生きられる彼女を作りたい
「お、誰だ。おまえは」
とある午後の晴れた日。
売店の袋を手に提げてあなたは現れた。
いつものようにベランダで作業をしていた私は、黒い線に指を沿わせたまま。
そのスーツ姿の男性を見つめた。
「誰だっつっても、新入部員だろうな」
そう言って、何の断りもなく隣に座る。
「はい。一回生の小鹿と言います。よろしくお願いします」
「『こじか』さん。どういう字書くの?」
「小さな鹿です」
「うわ、もう小鹿ちゃんと呼ぶしかないな、それは」
果たして、馴れ馴れしいのかフレンドリーなのか。
売店の袋からチョコチップメロンパンを取り出した。
「俺は四回生の矢崎と言います。見てのとおりの就活生」
確かに、就活生らしい爽やかさが演出されている。
「でも今日でこんな恰好するのも当分終わりだと思う」
そう言い、コーヒー牛乳のパックにストローを挿す。
「もうどこか決まりそうなんですか?」
「うん、最終面接だったし。だいたい、ここまでくると大丈夫らしいから」
チョコチップメロンパンの袋が勢いよく開けられた。
「どういうところなんですか」
矢崎さんの口から文房具メーカーの名前が挙げられる。
「え、いいですね」
まだ大学に入学したばかりで就活事情にうとかった私だけど、文房具好きとして素直にうらやましいなぁと思えた。
そして目の前にいる甘党の馴れ馴れしい文房具が似合わない男が、そうやって真面目に人生を歩もうとしていることに驚いてもいた。
しかもこのおかしな趣旨を持ったサークルの部員で。
この矢崎さんもリカさんと同じように、外の世界では普通の人たちなんだ。
いや、私はまだ彼が一心不乱に作品作りをしているおかしな面は見たことがない。
「文房具じゃ意外かい?」
見透かすように、にやりと笑った。
「いやいや……矢崎さんは、ここでどんなものを作ってるんですか」
話を変えてみた。
「俺?俺は何も作ってないよ」
「へ?」
「俺はね、モノ作りに没頭している彼女がここにいるから、ここにいるんだよ」
「え?そんなのアリなんですか?」
「別にいいだろー、『みなさん一人一作品、学祭に出展しましょう!』なんて決まりもないし」
「はあ」
「しいて言うなら、『芸術家としての彼女』を作りたいというか。いや、芸術家フェチとかじゃなくて、むしろ芸術なんて全然分かんねーし俺」
「ほお」
「彼女が彼女らしく生きられる彼女を作りたい、というか、まあ簡単に言うと『支えたい』ってことだ」
幸せが具体化されたような木漏れ日の中、己の幸せについて語る男が一人。
「本当は文房具なんてどうでもいいんだ。そこでしたいことは何もないんだから。ただ俺は稼いで、彼女が生活の心配をせずに作品を作り続ける環境を作りたいだけなんだ」
一通り語り終わった矢崎さんは少しはっとして、思い出したようにチョコチップメロンパンを頬張りだした。
その瞬間から永遠的に、私の前で彼女への想いが語られることはなかった。
きっとこの日のおしゃべりな矢崎さんは、最終面接が無事に済んだことへの高揚感の中にいたんだ。
だって『彼女を支える環境』という作品の完成まで、間近だったのだから。