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熱砂のアリシア  作者: 京衛武百十
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5日目・深夜(連絡)

手に入れた携帯電話で、私は早速、本社に電話を入れてみた。時差を考えれば、JAPAN-2(ジャパンセカンド)本社はもう業務を開始している筈だ。そして当然、一回目のコールで繋がった。


「はい、こちらはJAPAN-2本社、総合案内でございます。本日はどのようなご用件でございますか?」


聞き覚えのある声が私の耳に届く。アリシアシリーズの本社受付仕様機、アリシア2335-OPLの声だ。何だか随分と懐かしい気さえする。だが今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。


「私はロボティクス部の千堂だ。職員番号JAPAN-2-GE-JIH452NHSK38CL。至急、星谷ひかりたに社長に繋いでほしい!」


手短に用件だけを伝えると、いつも通りにアリシア2335-OPLが取り次いでくれるのを待つ。だが、帰ってきた言葉はあまりにも意外なものだった。


「お客様?。お客様がおっしゃられた職員は、当社には在籍しておりません。また、当社の代表取締役社長も、お客様がおっしゃる方ではございません」


なん…だと?。


だが私は、その一瞬で全てを理解した。そしてその考えが正しいものであることを裏付ける為に、訊いてみた。


「では、現在の社長は、新良賀あらがなのか…?」


その問いに返ってきた答えは、


「はい、おっしゃる通りでございます」


だった。明るく爽やかに、アリシア2335-OPLは私にとって最悪の答えを返したのである。


「クソッ!。そういうことか…!」


私は思わずそう吐き捨て、電話を切っていた。今更いくらアリシア2335-OPL相手に何を言ったところで押し問答にしかならないからだ。脅そうがすかそうが、ロボットは決められた対応しかしない。人間であれば口車で誘導することが出来ても、ロボットは気を利かしてはくれないからな。まあ、クレーム対応はマニュアル通りに完璧にこなしてくれるが、決して今の私の意を汲んではくれない。もっとも、その為に受付に据えているのだし、万が一、社内の誰かに取り次いでくれたとしても、出るのは新良賀の息のかかった人間の筈だから、話をする意味もないのだがな。


「千堂様。いかがなさいましたか?」


アリシアが声を掛けてくる。その口調は、労わりに満ちたものだった。しかしさすがの彼女も、会社内のいざこざまでは理解出来ないだろう。


「クーデターだよ。副社長の新良賀が、会社を乗っ取ったんだ」


私の言葉に、彼女も声を失う。こういう時には迂闊に返事をしないというアルゴリズムに基づいた反応なのは分かっているが、変に慰められたりしたら怒鳴ってしまっていたかも知れないから、いい仕事だと頭のどこかで思ったりもする。


それにしても、やってくれたものだな。新良賀。以前から社長派と副社長派に分かれて権力闘争を行っていたのは知っていたが、まさかここまでのことをするとは私も思っていなかった。


私自身はその手の権力闘争に興味はなかったのだが、私が管轄するロボティクス部門はそれ自体が代々社長直轄の部署で、所属する職員もほぼ全てが社長派で、残りは私のように無派閥という者しかいなかった。対して、家電製品から宇宙船までを統括するメカトロニクス部門は副社長派が大半を占めていて、新良賀の地盤となっていた。そして副社長派にとっては、社長の威光の下で好き勝手なことをしているロボティクス部門が目の上の瘤だったということだ。


判明してみれば何のことはない。実にくだらない諍いに巻き込まれただけの事であったのだ。


しかし、そのくだらない諍いでここまで執拗に命を狙ってくるということは、奴もそれだけ覚悟を決めているということだろう。何しろJAPAN-2は、単なる企業の複合体というだけでなく、この火星においては一つの国家に匹敵する権限と影響力を持つ、あまりに巨大な組織なのだ。そこでクーデターを起こすというのは、文字通り国家レベルのクーデターとも言える。


まったく…。日本本国ではクーデターなど何百年も起こっていないというのに、何を考えてるんだ。こんなことだから口さがない連中に、「地球の汚物を火星に捨てた」とか言われるんだろうが。火星の熱に浮かされたか?。


だがそういうことはさて置いても、これは想定する限り最悪の事態と言えるだろう。新良賀が代表取締役社長になったということは、JAPAN-2そのものが私の敵になったということでもある。この火星に他に大きな足場を持たない私にとっては、その時点で死を宣告されたに等しい。下手をすれば口座も凍結されている可能性がある。まあ、JAPAN-2系列と言ってもそこまで好き勝手出来るほど法の支配が甘いわけじゃないが、口座凍結の為の口実は何とでもでっち上げられるからな。


言葉も失い、茫然としていた私に、声を掛ける者がいた。クラヒだった。


「なんか、困ったことになってるみたいだな。まぁ俺には関係ない話だけどよ、コーヒーでも飲んで落ち着かねえか?。汚ねえ事務所だが、椅子くらいはあるぜ」


大してありがたくもない申し出だが、確かに気持ちを落ち着かせる程度の役には立つかも知れない。そこで私はクラヒの言葉に従い、彼の店の事務所に入った。


が、汚いという本人の弁通り、実に汚い事務所だった。油と埃と砂とが混ざり合い、層となってあらゆるところにこびり付いている。別に潔癖症というわけではない私だが、さすがにこれには閉口させられた。しかも、


「これは大変に掃除し甲斐のあるお部屋ですね」


と、アリシアまでが皮肉を言う有様だった。もっとも、アリシア自身はそれを皮肉とは思っていないのだろうが。


「別に仕事にゃ支障ねぇし俺は気にならねぇけどな」


年代物のコーヒーメーカーを操作しつつ、クラヒは軽口をたたいた。紙コップに注がれたコーヒーを受け取り、私は手近にあった椅子に腰かける。が、背もたれが今にも取れそうで、とてもリラックス出来そうにない。そんな私に、クラヒはまた別の申し出をしてきたのだった。


「もしそっちのお嬢さんの充電するなら、電気売ってもいいぜ。300M$だ」


部屋の隅にあったメイトギア、レイバーギア共用かつユニバーサル規格の無線充電コンテナを指差し、そう言う。


いかにも恩を売ってやろう的な言い草だが、いやいや全く恩など感じない。それどころか、随分と足元を見てくると言っていい。今時、メイトギアを空の状態からフル充電しても一回10M$程度だというのに、その30倍とはな。だが私は、敢えてそれを受け入れた。


「そうだな。売ってもらおうか。だが、有線で頼む」


私がそう言った時に、クラヒは確かに小さく舌打ちをした。やはり、何か狙ってたな。しかし私はそれに気付かないふりをして300M$を差し出し、アリシアは自らの脇から充電用のプラグを取り出し、ソケットに差し込んだ。


有線での充電は、時間はかかるものの、下手な小細工をするとその施設すべての電気製品に影響を及ぼすことがある為に比較的安全なのだが、一方の無線充電コンテナは、一部で違法な改造を受けた物が出回り、急激に規格以上の高電圧をかけてメイトギアやレイバーギアをわざと故障させ、その修理費を騙し取るという詐欺的商法が辺境では横行しているということを私は知っていた。


戦闘モードを解除していないアリシアは、有線での急速充電モードで充電を行う。この事務所のブレーカーを落とさないギリギリのところを制御してる筈だ。いざとなればわざとブレーカーを落としてやってもいいという考えもあって、有線にしたのもある。クラヒも内心では私のことを食えない奴だと思っているだろうが、それはお互い様というものだな。


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