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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺は、兵士だ。

 

 ――絶望。

 この光景をたった一言で表現するなら、この言葉が適切だろう。


 横にいたはずの仲間は倒れ伏し、ピクリとも動かない。

 それは、ここだけでは無い。夥しい数の魔物の亡骸に混じって、それに劣らない数の味方が死んでいる。

 大地を血で赤黒く染上げて、見える空は一面が灰色だ。

 残っている味方は少なく、疲弊しきっている、しかし敵はいまだに衰えを知らず、見える限りは黒い影。


 誰が見ても有利なのはどちらか判るだろう。

 身体から流れる血が剣を伝って落ちていく。

 槍は折れて何処かへ消えた。矢なぞもう残っていない。


 ――ああ……此処で死ぬのだろう。


 いまだ生きている全員が等しく浮かべただろう言葉。


 しかし、逃げる事は許されない。

 何故なら彼等の背後には……守るべき街が、恋人が、家族がいるのだから。


 目の前の魔物の大群を防がなければ……その爪は、その牙は……守るべき対象を破壊し、殺戮し、蹂躙し尽くすだろう。

 魔物か自分の血かも判別できぬほど汚れた鎧をガチャガチャと鳴らして、隊列を組む。 

 そして彼等はこう叫ぶ――


「俺達は何だっ!!」

「「「街を守る兵士だっっっ!!」」」


「そうだっ! 兵士だっ! 街を守るのは俺達だっ!!」

「「「応っっっ!!」」」


 走り出す。駆け抜ける。

 その先に待つ結末が分かっていても、彼等は行かなければならない。


 なぜなら彼等は――「兵士」だから。


 街を守れる者は彼等しかいないのだから。


 鎧は沈む夕陽を反射して仄かに輝き、まるで今にも消えそうな篝火のようだ。

 ……そのまま彼等は魔物の大群へと突き進み、衝突して……呑み込まれた。






 ♢♢♢






 今日もいつもと変わらず魔物は攻めて来た。

 いつも魔物達は同じ方向から現れる。

 街の前方に広がっている森から平原を埋めるように現れて、散発的に攻めて来る。


 魔物を殺すためには人を集め、隊を組み、数で優るしか手段はない。

 しかしその兵力の差は、考えるのも馬鹿らしいほど向こうが多い。


 毎日毎日侵攻を防ぎ、魔物の数を減らし、夜になったら奴らは森に消えていく。

 そして、次の日にはまた元の大群が姿を現すのだ。

 減った兵士の補充など、出来る筈がない。


 いずれは押し負けて突破されるだろう。

 その日を一日でも長引かせる為に無駄な努力を続けている。


 いつか、きっと、魔物の増援は現れず侵攻は止まるのだと誰かが言った。

 止まるだろう、俺達が全員死んで街が滅んだその後は。


「今日は何人死んだ……」

「三十二名です」


 重い身体を引き摺って近くの仲間に声を掛ける。

 淡々とした、諦めと苦悩が混じった声の返答を聞く。


 開いた街門からは魔物の死骸と、仲間の死体が次々に運ばれてくる。

 最初は五百人いた兵士の数も、今ではもう百人程度だ。

 最悪はそう遠くないだろう。


「……また槍を交換しないとな」


 右手に持ったままの、半ばから折れて役に立たなくなった槍を見る。

 交換といっても、回収された装備から使えるものを探すのだ。


 背後に積み上げられている死体から目を逸らし、兵舎へと歩いて行く。




 兵舎の中には暗い雰囲気が充満していた。

 まともな装備の者は一人も居らず、凹んだり壊れた鎧を自分で叩いて直している。

 武器は碌な手入れがされず、刃が欠けてボロボロだ。


「よう、まだ生きてたか」

「ああ、お前もな」


 見知った顔を見つけると、少し胸が軽くなった。

 そのまま何を話すでもなく適当な空いた場所へと座り込み、周りと然程変わらない状態の鎧を外す。

 怪我と疲労で何もする気が起きず、そのまま横になって眠ってしまう。 




 騒々しい音で目を覚ます。

 どうやら飯の時間のようだ。


 置かれた大鍋の周りに人だかりが出来ている。配給役の一人が必死に動いて回っている。

 まだ身体は痛むが、飯となれば話は別だ。


「俺にも飯をくれないか……」

「はい、どうぞ」


 歪んだ鉄兜に飯をよそってもらう。

 温かい水に焼いた肉が入っているだけの料理とも呼べないシロモノだ。それに小さな一切れのパンが付いてくる。

 パンを齧りながら、肉を見る。……いつもと変わらない、魔物の肉だ。

 最後に普通の肉を食べたのは、いったい何時だったか。

 碌な食料もないこの状況では、殺した魔物でも食わなければやっていけない。もう見慣れた食事は、相変わらずの不味さだった。


 飯を食い終わり寝ていると、見張りの兵士が交代に来た。魔物が森に消えたとしても、何時襲ってくるかはわからない。今までが無かったからと云って油断することは出来ないからだ。


 交代役は壊れた鎧を着て、見張りに向かった。


「何時まで続くんだろうな……」


 ふと、言葉が零れる。 


「そりゃあ、俺等が居なくなるまでだろ」

「明日は何人死ぬんだろうな……」

「でも、勇者とかいうのがいるらしいじゃないか」

「勇者ね、勇者ならあの魔物達を消し去ってくれないかね……」


 俺の呟きが聞こえたのか、口々に周りの者が話し出す。

 次第に声は大きくなり、何時の間にか殆どの者が起きて話していた。


 勇者か……。




 この世界には、「魔王」と云う存在がいる。

 その腕の一振りは地を砕き、空を裂き、海を割るという。

 肉体は強大な魔力に包まれて、如何なる攻撃も通さない。


 突然現れた魔王はこの世界から人類を滅ぼすと宣言した。

 理由は知らない。


 人類は魔王の軍勢の前に、瞬く間に数を減らしていく。

 強靭な魔物を前に、人間は無力だった。


 しかし、希望の光が現れる。

 「勇者」の出現だ。


 勇者とは、神に選ばれた唯一の人間だ。

 神から聖剣を授かり、その力を以って魔物を滅ぼす。


 魔王を唯一殺すことが出来るのは、勇者だけだ。


 ――勇者は魔物を斃しながら、魔王の元へと向かったらしい。




 ……しかし、俺にはそんなことは関係ない。


 勇者一人で斃せる魔物の数は、百か? 千か? それとも、万か?

 全然足りない、少なすぎる。人類を滅ぼそうと迫る魔物の軍勢は、世界中で億はいる。

 如何に優れた「個」であったとしても、それを上回る圧倒的な「数」の前では対処出来ない。


 勇者がどれ程頑張って魔物を殺しても、関係ない。

 勇者が何処かで幾ら魔物を殺しても、街に攻め入る魔物の数は減りはしない。

 一日、また一日と、何処かで街が落とされて、蹂躙されて消えていく。



 皆それはわかっているのだろう。勇者勇者と騒いでいても、そこに期待の感情は見られない。

 現に、勇者とやらが魔王の元へ向かったという知らせが来てからも、別に魔物が減ったとか何処かの街が救われたとか云う話は伝わって来ない。

 あえて、ほんの僅かな希望を持つのなら、勇者が魔王を殺して魔物達が帰っていく事だが……。


 そんな都合の良い事は先ず起きないだろう。

 魔王が死んだら魔物が霧のように消えるのならばいいが、統率者が居なくなった軍がどうなるかなど容易く想像できる。

 

 無秩序に暴れ回る、確実に。そうなれば、結局人類は滅ぼされるだろう。

 それは、早いか遅いかの違いでしかない。

 この状況になった時点で、最早人類に救いは無く。滅ぼされるその時まで、せめて縋れるようにとの「希望」の勇者、だ。


 それでも、ただ黙って滅ぼされるのは嫌だから、こうして抗っている。

 結末など皆、とうの昔にわかっているのに……。




 


 ♢♢♢






 朝が来た。

 容赦なく目を焼く陽の光を浴びながら起き上がる。


 太陽だけは、何があってもきっと変わらず存在し続けるだろう。そう思い、眩しい太陽を睨みつける。


「ほら、動け動け! 装備の確認と、壊れた奴は交換しろ。時間は待ってくれないぞ」


 兵士長の声が響く。その声に合わせて俺も、周りの者達も動き始めた。


 折れた槍は交換し、歪んだ鎧や兜も比較的マシなものと取り換える。

 列を組み、隊列に加わって移動をすると、昨日死者達の死体があった場所が見えた。


 そこにはもう死体の山は無く、代わりに地面には焦げ跡だけが残っていた。




 街門が開き、平原が姿を見せる。その奥には森が広がる。

 変わらない風景。変わらない太陽。そして、変わらない魔物の大群。

 変わっているのは味方の兵士の人数と、平原を染める血の量だけだ。


 俺はそんな日々の中を、生まれ育った街を守るために戦っている。

 毎日その人数を減らしていく、同じ想いの同僚達と。


 ――只々一人の、「兵士」として戦っている。





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