暫定短編 いや待て。異世界転生したら、決闘人形《デュエリングフィギュア》って何故?!
思い付いてしまったネタを、暫定の短編にしてみました。まあ、プロローグ部分くらいです。
こんな中途半端なものでも、読んでくださる皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
「……うっ」
闇の底から浮かび上がるような感覚と共に、刺すような光を感じて、俺は思わず声を漏らした。
『え?』
不意に聞こえたのは、柔らかな口調の女性の声。
なんだ?
どうしたんだ?
突然の事に困惑する。
と、脳裏に閃く。
つんざくようなクラクション
迫る白い壁
恐れに染まる少女の顔
降ってくる鉄棒の群れ
そうだ……
「……俺、死んだんだ」
すとんと、ソレが胸に収まるのと同時に。
『うわひゃあっ?!』
「うわっ?!」
感慨にふける暇も無く、そばで挙がったすっとんきょうな女の声に、俺も声を挙げてしまった。
あわてて周りを見回……そうとするが、体は動かない。
首も動かせないが、幸いにして目玉は動く。
可能な限り視界を動かして辺りを確認する。
知らない木造の天井に、白い壁。
棺桶じゃない?
じゃあ病室?
いやいや木の天井の病室なんて、無いんじゃないか?
空きが無くて地方搬送?
にしたってこんな……。
混乱する頭では何も纏まらない。
と、視界に影が差した。
瑞々しい若葉色の髪。
少々ふっくらした白い頬。
少し眠たげな半眼のたれ目に、フレームの無い丸メガネを掛けた女性……いや、少女が怖々とこちらを見下ろしていた。
見える範囲すべてを塞ぐように。
って……。
「でけえっ?!」
「うひゃいっ?!」
視界を埋め尽くすほどに大きな顔が、一気に遠退いた。
驚いた少女が飛び退いたようだ。
視界が開けて、周りがよく見える。
ペンチにドライバーやネジ、ハサミ。
見たことの無いデザインのものばかりだが、馴染みはある工作具。しかし、病室には不似合いなものが多いが、それらすべてがでかい。
あのハサミなんか、俺の腕くらいなら輪切りに出来そうだ。
……。
それで、気付いた。
周囲のスケール感が違いすぎることに。
というか。
「……俺が……小さい……?」
なかば呆然と漏らす。
なにがなにやらさっぱりだ。
すると、先程の少女が眉を寄せながら恐る恐る覗き込んできた。
「……なあ、あんた」
「へっ?!」
思いきって声をかけると、巨大な少女は声を挙げながら後ずさった。向こうの方が圧倒的に大きいはずなんだが……びびり具合が小動物を思わせる。
だが、少女の愛らしい姿をじっくり観賞する余裕は、今の俺には無かった。
「……いったい、何がどうなってるんだ? ここはどこだっ?! 俺はっ! どうなっているんだっ!?」
不安と混乱が加速し、声が溢れ出ていく。
自分でもみっともないくらい取り乱しているのが分かる。
それでも動かぬ体に、俺はさらに焦って、声を荒げていく。
と、体がスッと浮き上がった。
いや、彼女が俺を持ち上げたんだ。
大きな顔が近づいてくる。
レンズの奥のブラウンの瞳に、ひどく憔悴した顔が映り込んだ。
「……落ち着いて?」
優しそうに微笑む少女にジッと見つめられながら言われ、俺は思わず口をつぐんだ。
「わたしはミランツェ。ミランツェ・フォル・エストラーダ。あなたは?」
柔らかな声で自己紹介された。
すぐには反応できず、俺は目を瞬かせた。
名前を聞かれたのだという事に、すぐには気付けなかった。
けれど、彼女はそんな俺を微笑みながら待ってくれた。
取り乱していた自分の醜態が恥ずかしくて、すぐには言えなかった。
俊巡しながら目をそらし、口を開く。
「……こ、虎太郎。篠原 虎太郎」
「コタロー? シノハラ? コタローシノハラコタロー?」
不思議そうに首をかしげる少女……ミランツェ。
やばい、可愛い。
って、違う違う。
「こ、虎太郎が名前だ。篠原は名字……姓だ」
そう言うと、ミランツェはひとつうなずいた。
「コタローですね? 分かりました」
ふんわりと笑顔になったミランツェに、照れ臭くなって右の人差し指で鼻の頭を掻こうとする……けど腕は動かなかった。
どうしたんだろう? と視線をそちらに動かした。
持ち上げてもらったお陰で体を見やすく……って。
「……腕が……無い……?」
いや、それだけじゃない。あろうことか腰から下も無い。
つうか、自分の胸や腹が、なにかの金属製のものになってる……。
「……お、俺の体は……?」
ショックで頭がまっしろになって……意識が暗転した。
それからどれだけ経ったのか?
不意に意識が覚醒し、俺はそっと目を開いた。
視界に飛び込んでくるのは、先程と同じ木造の天井。
照明らしきものが、柔らかい光を降らせてくる。
先程の事は夢ではなかったんだな……。
小さく嘆息し、光から目をかばうようにして右腕をかざした。
ん? 腕?
俺はあわてて身を起こしながら腕を見た。
両腕が……ある。
けど……。
それは、俺の腕じゃあなかった。
少なくとも俺の腕はこんな作り物じみた、樹脂のような質感じゃあなかったはずだ。
五指を開いたり握ったり、一本ずつ動かしてみたりして、ようやくそれが俺の手なんだと思い知る。
「……体も……足もか……」
眺めて嘆息した。
自分の意思で動かしてみて、それが己の体であると、やっと認識できた。
さっきまでと違い、五体が存在することがわかったが、そのすべてが人工物。
おそらく、顔もだろう。
周りに置かれているペンチやらドライバーやらのスケール感からして、やはり俺は小さな人工の体になっている。
もしくは、まわりが巨人の一族か?
周りを見回すが、先程の少女……ミランツェだったか? 彼女の姿を探す。
だが、見当たらない。
落ち着いたとは言いがたいが、俺自身が今どういう状態なのか把握しておきたい。
でないと、不安で押し潰されちまいそうだ。
『……あ、動いてる』
不意に聞こえた声に顔を巡らせれば、そちらにミランツェの姿があった。
派手さの無い簡素なローブを身にまとった彼女は、トトッと小走りに寄ってきた。
「気がついたんですね? コタロー。急に停止したのでびっくりしました」
はにかむように笑う。
だが、俺はにらむように彼女を見上げた。
「俺に……何をした? なんで、こんな体になっているんだ?」
「?」
ミランツェに詰問する。
だが、彼女は不思議そうに首をかしげただけだった。
「コタローは、私が作りました。何かした覚えはないんですけど。人工霊魂を霊素回路へ定着させるときに、新しい手法を試したくらいです……」
よく分からない単語が出てきた。
まあ、聞きゃ良いか。
「……その、あーてぃふぃしゃるなんちゃらとか、えーてるなんちゃらって、なんなんだ?」
「……やっぱり」
だが、ミランツェは答えずにひとり頷いている。
なんなんだ?
「霊魂精製時に異物が混じったんでしょうか? それとも霊素回路に異常が……?」
「お、おい?」
ぶつぶつ言いながら眉根を寄せるミランツェの姿に、俺は不安になって声を掛けた。
ミランツェが俺を見る。
その目は何かを見極めようとするように鋭く、俺は思わず息を飲んでしまった。
「コタロー……さん。あなたは何者ですか?」
発せられた問いに、俺は戸惑いながら口を開こうとしたが、彼女の瞳に射抜かれるように見つめられて言の葉が紡げなかった。
それを意に介さずに、ミランツェが続けた。
「……決闘人形の人工霊魂には、起動時には自意識は無いんです。少なくとも、個性化するまでは、自発的に話す事はありません。けれどあなたはボディ作成中にいきなり起動して、しゃべり、あまつさえ“名乗った”。デュエリングフィギュアの名前は、個性化時に作成者が名付けるはずのものなのに……」
諭すように告げられた言葉を、俺は理解しようと頭を捻る。
そして、理解できなくて……途方に暮れそうになった。
「俺は日本の高校生だ。学生だよ」
投げやり気味に答えた。
だが、ミランツェの反応はない。訝しく思って彼女を見上げれば、大きな少女はぽかんとした顔になっていた。
「……ニホン? コーコーセ? どこの言葉でしょう? いえ、学生は意味が通じて……あ、学生って、学校に通っているって事ですよね?」
「そーだよ。Y市の県立高浜高等学校だ」
「わ、ワイシ? ケ、ケンリツ? 分からない単語がまた……」
「俺にも何がなんだかさっぱりだ……」
二人揃って眉間にシワを寄せる。分からないことだらけだ。
「と、とにかくお話をしましょう。お互いの事を」
「え?」
ミランツェが勢い込んで言ってきて、俺は面食らった。
そんな俺に、彼女は優しく笑いかけてきた。
「……改めまして、私はミランツェ。ミランツェ・フォル・エストラーダです」
そう言って右手を伸ばしてくる。その姿に苦笑して、俺も右手を持ち上げた。
「ああ。俺は虎太郎。虎太郎・篠原だ」
そう告げて、俺はミランツェの右人差し指の先を握った。