死霊術師日記
数時間で書いたさっくりファンタジー。
あらすじは物語の最後に合ってきます。
某月某日。
ようやく魔界で死霊術の修行が終わり、人間の住まう世界、地界に征くことが許された。私としては別に人間の国を征服するつもりなどさらさら無いが、穀潰しと後ろ指を指されるのは御免こうむりたいという、引くに引かれぬ理由があったのだ。
それに現地で魔王宣言を行うと、本国で一定の給付金が貰える上、週に一度の報告などの責務を免除されるという利点もあれば、私のような昼行灯は転がっていくものだ。そういう下心もあった。
師と別れ、いざ地界へ行こうとする間際、件の師が一冊の手帳を手渡した。その手帳は対となる手帳にも記した内容が浮かぶといういわくつきの代物だった。プライバシーもへったくれも無いと言えば、現地で変わった事や面白い事を書いてくれと頼まれた。
他人を娯楽扱いとは、と思ったが私を弟子にしたのも暇つぶしに丁度良いからだったと聞かされたのを思い出した。
嫌がらせに今日の出来事を書き連ねてやろう。
同月某日。
地界入りして数日が経った。今日は魔力が豊富な森の中に小屋を建てた。ようやく野宿から解放される。
森の縁に人間の村があったので少々奥まったところに建てたのだが、水辺にもほどほどに近く、手の加えられていない自然が私の目を心地よく癒すのだ。これがいわゆるマイナスイオン効果という奴だろう。
建築を手伝った熊二郎君も満足気だ。新たな一歩を踏みしめる気分で熊二郎君を森に返した。いい畑の肥料になれよ。
翌月某日。
野盗が私の家を訪ねてきた。丁重にお断りしたが聞く耳持たなかったので、盗賊団の右腕を下僕にするとすんなりと帰って貰えた。
それにしても、この右腕さんが野盗の頭脳だったようだが、彼らは今後大丈夫だろうか少し心配だ。彼らには私が魔王の一人だと宣言した証人になってもらう必要があるのだが……。
人肉は好みでないので畑に埋めた。彼の魂はある程度使ったら天に返してやろう。
自ら殺した死者の魂は一度は使う、それが死霊術師の嗜みだ。
同月某日。
前に来た野盗が近くの村を襲った。彼らは村人を誘拐して奴隷商に売り払って生活している、と彼らの元右腕さんは言った。
そうかそうか、君はそういう奴だったのか。もう一辺死ね、そして地獄に落ちろ。お前らのせいで奴隷の質が落ちるんだよ。
村が蹂躙されたのを見届けた後、私は村を探索した。やたら引っ掻き回したらしく、食料の奪取はかなり効率が悪い。麦がまだ残っていた。
そして瀕死の少女も落ちていた。奴ら随分とお盛んなようで、「痛い」とか、「殺して」とか呟いている。
「ハイクを詠め」
師より教わった『他人に止めを刺す台詞』を言った後、彼女の魂を天に還した。同情の意味もあるが、何より遺体を貰うのだ。元の持ち主に敬意を表するのは当然だろう。
麦と少女を連れて家に帰った。これから忙しくなりそうだ。
翌月某日。
持って帰った少女のメイクが終わった。外から中まで処置を施した自信作だ。服も材料に苦労したが何とかそれらしいものを作れた。しかし、流石に半裸は寒いな。
少し暑いが熊二郎君の毛皮を羽織って野良仕事をする。いくら死霊術師とはいえ腹は減る。空腹で死ぬことはあまり無いが。
少女と二人で食卓を囲んだ。今日は焼魚と山菜のサラダだ。ふむ、我ながら美味い。素材の味が活かされている。
箸を置いて少女を見ると虚ろな瞳で川魚とにらめっこしていた。どこか通ずるものがあったのだろう。
「ほら、食べなさい。貴女は奴隷ではないのですよ」
私が師匠の口調を真似て促すと、少女は握ったフォークを突き刺し、頭から囓りついた。魚はお気に召さなかったようだ。
同月某日。
動物たちを通して森から離れたところを見渡した。大きな平原の先に人間の街があった。防壁もあり、それなりに繁栄しているようだ。
鳥から鼠に意識を移し、人々の生活に溶け込んだ。
落ちていたパン屑が美味しいことから、生活水準は高いことが推測される。上下水の区別もしてあり衛生状態も良い。流石に奴隷を廃止しているわけではないようだが、衛兵が見回りをしており、市民からの信頼も厚い。
実に良い街だ。下手をすれば師匠の言っていた世界の街かもしれない。
私は墓地へと歩みを向けた。水堀のある立派な城に潜入するのも捨てがたいが、入ったが最後、さっくり殺されるのは御免だ。死ぬほど痛いからな。
墓地にはやたら大きな墓標が建っていた。共同墓地のようなものかと思ったが違うようだ。
『異郷の地にて勇者ここに眠る』
私は勇者の魂を呼び起こした。黒く乱雑に伸びた髪、虚ろに開く黒の瞳、小さめの背丈に幼さの残る顔立ち。厄介事の気配と共に一つの仮定を得た。
即座に森の家に帰り、勇者の魂を人形に押し込めた。こいつ引き取って下さい。これ師匠の同郷でしょう。
同月同日。
嫌です。
ーーー師より
翌月某日。
元勇者がまともに使えるようになった。
彼の知識は凄まじく、庭先家庭菜園程度の畑が見事に農家の菜園にまで拡大し、村で拾った麦も青々と茂っている。森の収穫物で酒や調味料の生産も試み、食卓の彩りは格段に良くなった。
時々自分の体をペタペタと触ってにやけるのは仕方ないだろう。私は理解ある男性だ、煩悩の一つや二つ見逃してやろう。もっとも、その人形は私の趣味であるが。
同月同日。
やっぱ引き取ります。
ーーー師より
同月翌日。
元勇者の能力は生産効果を上げるものらしく、私が人形に施した機構を利用して、あっという間にショウユやミソを作り上げた。師匠が作った味とは少し違うが美味く、香りも豊かだった。
彼が言うにはこの世界には同郷の仲間がまだ数人いるらしく、各地へ連れて行かれ消息不明との事。できれば彼らともう一度会いたいと頼まれた。
ならばついでに世界征服でもしてみるか、と言うと、勇者はニヤリと笑った。何でも国の末端はまともでも中心は腐りきっていて、領主が用事の度に愚痴りに来たほどらしい。
魔王として世界半分宣言をすると勇者は九分でいいと謙虚に笑った。
さて、これからが楽しみだ。
追伸
師匠のお願いでも、勇者一行は渡しません。
可愛い少女に収めて仕えさせるという野望があるのですから。
如何なるコメントもお待ちしております。
登場人物
死霊術師:主人公。男。軽度の中二病。
師匠:死霊術の天才。基本怠惰な性格。日本人の女性。
野盗:デヒュミーニ一家という盗賊。裏で貴族と繋がっている悪党だが馬鹿の集まり。
少女:愛称はクリス。見た目は良いが体が弱く発育不足で、売り物にならないため捨てられた。
勇者:山本大地という名前。高校生のとき友人と共に異世界に召喚され、勇者に祭り上げられた挙句一年足らずで謀殺された。