弥生と操られた睦月
次の日
弥生が鼻歌を歌いながら歩いていた。両手には、さきほどスーパーで買い物をしたときのレジ袋がふさがっていた。
昨日はとても良い一日だった。友達になりたかった人に偶然出会い、見事に友達になることが出来た。こんなうれしいことはない。一日経ったが、そのうれしさが止むことがなく、今日の買い物は踏ん張って多めに買った。普段はそんなに買わないが、今日は特別だ。
その時、弥生の足取りが止まる。
そうだ! 友達になったんだから、まず、家に遊びに来てもらうって事できないかな? ちょうど、一人分多めにあるんだし。
うん。今日は睦月さんを家に呼んでパーティーやろう!
弥生はそう決めるが早いか、図書館に行き先を変更し向かった。
「いないかな……?」
辺りをきょろきょろと見渡し睦月を探す弥生。
二度もここで出会っているから、今日もここで会えると思ったんだけど……。
そういえば……、昨日睦月さん、ジャージ姿だったなぁ? なんかランニングとかしてたのかな?もしかして、それを私が引き止めて邪魔したとか。そんなわけ…………ないよね?
その時、後ろで誰かの足音がかすかに耳に入る。
誰だろうと警戒しながら振り向いた弥生。
「睦月さん!」
目の前に睦月が立っていた。何も言わずただ弥生をにらみつけている。
私、また、なにかした……?
睦月さんを怒らせるようなことしたの?
内心オドオドとあせっている弥生をよそに、睦月が右手を前に突き出す。
そして、小言で何かの呪文らしき言葉を唱える。
唱えたとたん、何本の大きなつららが現れ、弥生に牙を向く。
「えっ!?」
弥生はびくっと無意識に反応する。
え? え? 何? 何が起きてるの? どうして、どうして睦月さんが私を?
挙動不審になりその場に硬直していると、見えない結界がつららを防ぎ守ってくれた。
た、助かった……?
一瞬の出来事のため、今の状況についていけてない弥生。
その時、王女の声。
『気をつけて! あの人は誰かに操られてる!』
え……………………?
む……つきさんが、あやつられてる?
王女の言葉に愕然とする弥生。
うそ……だよね? 睦月さんが操られているなんて……。
「うそと言って! 睦月さん!」
弥生の泣きながら絶叫した声が響いた。
*
「ふふっ。それでいい。それでいいんだよ、睦月」
シャルロットが隠れた場所で傍観していた。
その表情はどこか満足げだ。
「やはり、睦月は使い勝手があるな。さすが、別の世界に住む王子だな」
弥生の夢石を手に入れるにはあの、見えないバリアが邪魔になる。
そのために、睦月が必要だったからな。あの、見えないバリアを解くのに。
もっとも、『大切な人』への思いがどれくらいのものか、気にはなるが。
まぁ、いい。なんにせよ、もうすぐ夢石が手に入る。
手に入れば、海の世界など……。
「もっとこの俺を楽しませてくれよ……睦月」
シャルロットは不敵な笑みをこぼし続けた。
*
弥生はいまだに睦月とにらみ合いを続けていた。
睦月さん……。
私は、どうしたら、どうしたらいいの?
どうすれば、睦月さんを正気に戻せるの?
力があるのはうすうす気がついていた。
でも、その力を使いこなせないと意味がない。
睦月さんを戻すのに使えそうなのに……。
弥生はもどかしい気持でいっぱいだった。
その時。
ズキンッ!
うっ! あ、頭が割れそう……。
突然、意識が無くなるのを覚えた。
一人の人魚が辺りを泳いでいく。
誰だろう? どこかで……。
ふと誰かがその人魚に声をかける。
「ラリア王女。ごきげんうるわしゅう」
一人の男が立っていた。
シャルロットだ。間違いない! あの顔つきはまぎれもなくシャルロットだ!
でも、なぜシャルロットがここに?
「シャルロット! なぜ、お前がここにいる! お前は本来ならば南の国の住人だろう!」
「あいかわらず、男勝りな王女さまだ」
「何のよう? 私の目の前に現れたということは……」
「そう、ラリア王女の力をもらおうと思ってね」
シャルロットはにやりと笑った。
ラリアは急いで結界を張る。
「アクアシールド!」
「そんなことでこの俺に勝てるとでも?」
その直後、黒の光球を投げつける。
光球は結界に当たり、火花を散らす。
だが。
光球は結界をもろとも破り、ラリアのおなかにぶつかる。
ラリアはおなかを抱えその場に倒れる。
『ラリア王女!』
弥生は叫ぶが届かない。
さらに弥生は気づく。
ラリアたちからどんどん離れていっている。
待って! 待って、まだ……………………。
思わず片手を伸ばす。
しかし、弥生の思いはむなしく、現実の意識へと返された。
今…………のは何?
弥生が呆然としていると、睦月が後ろを向き歩き始めた。
そのことに気づき、睦月を引きとめようとする弥生。
「ま、待って! 待って! 睦月さん!」
睦月は夢のようにどんどん遠ざかっていく。
そう、夢のように……。
ここは現実なのか、夢の中かそれすらも分からないくらい、
とても苦しい。
どうして、そうなるかは分からないのに、睦月さんが遠ざかるのはわかるんだろう……。
弥生は睦月が去った後をただただ見詰めるしか出来なかった。