弥生とシャルロット・ブロウド
次の日
夏の朝日がまぶしい早朝。弥生の部屋の締め切ったカーテンから、ほんのすこしの日差しが入る。
光が目に入ったのか目をこすりながら目を覚ました。
「う、う~~ん……。もう、朝……?」
ふぁ~~と眠そうな顔であくびが漏れる。
朝か……。
ほんのりぼぅーっと意識が遠のく弥生。
昨日のことが夢でおきたような錯覚を起こしてしまう。突然眠くなったと思ったら、目が覚めるし。起きたら今度は見たこともない生き物がいるし。なんかトドのような感じだったけど。そう思ったら突進されるし。後は…………。
記憶をたどるに考えるが、その後の間のことが全く思い出せない。何が起きたのか。自分が何をしたのか。それさえも分からない。そして、何よりも、自分自身のことすら分からない。自分が何者なのかも。
私には生まれつき両親がいない。天涯孤独なのだ。生まれたときや幼少時の記憶がないのだ。物心がついたのは小学校中学年に入ってから。それまでの記憶のリンクがない。情報そのものがないのだ。
出来ることなら自分が一体何者なのか知りたい。知ってどうしてそうなのか追求したい。自分が自分のことを知らないのは普通とはあまりいわない。普通の人でもある程度は知っている。全然知らない人はいない。
はぁ~と落胆のため息をつくとベットからおり、パジャマを着替え始める。
でも、幸いに友達が一人もいないってことがないだけでも心強い。もし、友達すらいなかったら、自分はどうなるかわからない。怖いし一人は寂しい。けど! 人生、まだ始まったばかりだ。明るく楽しく生きなきゃ。暗いまんまじゃなにも始まらない。まずは、いつも笑顔でいることを心がけなきゃね。
着替え終わった弥生は優しい笑顔をつくる。
今日も図書館で葉月と夏休みの宿題をやる予定のために着替えた弥生。夏休みも後半分も切ったため、のろのろしている場合ではない。なるべく早く終わらせ、うんと遊ぶと決めている弥生はなんとしてでも終わらせたいのだ。だが、昨日はいろいろあったため、あまり進んでいない。
今日こそ終わらせるぞっ!
天を仰ぎ見て、両手の拳を強く握る弥生。
その時。
どこからか、男の声が部屋に響いた。
「おわらせては困る」
「えっ?」
突然だったため、そのままの状態で止まってしまう。
空耳……かな?
「終わらせては困るんだよ」
弥生の前に宙を浮きながら、突如現れた若い男。見た目は二十代後半といったところか。
昨日といい、今日といい不思議な出来事が起きてばっかりだ。
「え? あ、あの……」
「お前か、『夢石の継承者』というのは」
「えっ?」
再びきょとんとなってしまう弥生。
夢石……? 継承者……? 一体何のことだろうか。全く身に覚えの無いことだ。
「あの、人違いじゃありません? 私、そんなもの知りません」
「人違い? では、昨日のことはなんだ。夢石の力が暴走したではないか」
「ぼ、暴走……?」
「そうだ。突然二つも三つもいろんなことが起きたため、お前の頭がついていけなくなり、夢石とのバランスが崩れた。そのせいで起こったことだろうが。夢石の力は絶対だからな」
「は、はぁ…………」
そのときの記憶が全くないため、どう返事をしていいか困ってしまう弥生。だが、それと同時に疑問がわいた。
この人はどうしてそんなにも詳しいのだろうか。この人とは初対面のはずなのに……。
弥生は思わず質問してみた。
「あなたはどうしてそんなにお詳しいのですか? あなたと私は初めてあったはずなのに」
「そんなの、簡単なことだ。外から見ていたからだ」
「外から……?」
弥生は怪訝そうに男を見つめる。
「あぁ、一部始終すべてを。この目でな。……あ、そうそう。言い忘れていたよ。俺の名前はシャルロット・ブロウド。気軽にシャルロットとでも呼んでくれ」
「あ、あぁよろしくお願いします……?」
弥生は礼をしながらも、腑に落ちなさそうな顔で首をかしげる。
「ちなみに、お前の名前は春川弥生。両親がいない天涯孤独の中学生」
ふっとほこらしげに微笑むシャルロット。
弥生はびっくりした顔でシャルロットに目を留める。
「『なぜしってるのか?』って顔してるな。俺はお前のことならなんでも知っている。お前以上に」
「どうして……?」
「どうしてか。それはな、お前の夢石を奪うためさ!!」
シャルロットは突然弥生につかみかかる。
弥生は必死で抵抗するが向こうが力が上のためふりほどけない。
「ずっとこのときをねらっていた! 夢石の封印が解け、夢石を取り出しやすくなる瞬間を!! そのためにいろいろと調べたんだからな!! もちろん、お前のこともな!!」
シャルロットは黒い闇のような霧を出し、弥生の体を締め付ける。
弥生の力は黒い霧により、じょじょに失われていく。
や、やばい……! 苦しい!
「さぁ! 助けてほしくば、夢石を渡してもらおう! 大丈夫だ。用が済めば楽にしてやる。楽にな……」
シャルロットはすごい形相で弥生をにらみつける。
弥生の方は危機に直面していた。
どうすれば、いいの……?このまま、あの男に夢石を渡さなきゃいけないの……?
弥生の心が揺らいだとき、再びあの声が聞こえた。
『夢石をシャルロットに渡しちゃダメっ!』
弥生ははっと我を取り戻す。
再び聞こえたあの声。あなたは一体誰なの……?
「さぁ! 渡すが差し出すかどっちだ!」
「そ、そんなの……」
弥生は一呼吸置いて叫んだ。
「そんなの、どっちもお断りよ!」
弥生がそう叫んだとたん、霧を振り払い、弥生の体は光に覆われる。
「なっ!?」
予想外のことに声をあげるシャルロット。
しばらく考え込んだが、不敵な笑みを浮かばせた。
「まぁ、いいだろう。その答えは今度聞くことにしよう」
シャルロットはそういい残すと消え去ってしまった。
弥生はしばらく窓を見続けたのであった。