少女、春野弥生
三百年が経った現代。太陽がまぶしいひるさがり。ここは海堂町という名の人魚姫の伝説が残る町。この海堂町はあの人魚姫が船から身を投げたという海があるという。そのため、人魚の存在を信じる住人が多数いる。だが、信じないものも多い。さらに、一つ言い伝えが残っているという。
『人魚の石を手にした者は海を制する』
このためにやってくる人も多くは無い。
海堂町にある図書館。
一人の少女が机に夏休みの宿題と向き合っていた。
だが、うとうとと転寝をし始めている。
一緒に来ていた友人が少女を起こす。
「ちょっと。おきなよ。今、宿題やってる最中でしょ」
しかし、少女は反応はなし。
友人はあきれたため息をつくと、少し大きな声を出した。
「や・よ・いってば!! 弥生! 起きなさい!」
弥生と呼ばれた少女はびっくりして目を覚ます。
「へ……? 何? ここどこ……?」
「なに寝ぼけてるのよ。一緒に宿題やろうって言ったの、どこのどいつよ!」
「あ…………」
やっと思い出したのかしまったという顔を見せる弥生。
「ごめん……! 不思議な夢を見て…………」
「夢……? 夢ってどんなの?」
「たいしたことないよ。人魚の王女様の夢」
「へー。それは興味ありますなぁ~~~~」
「は、早く宿題やろっ! 早く終わらせて、外で遊ぶんだから!」
「はいはい。弥生は相変わらず元気娘ね」
友人は可笑しそうにノートのページをめくる。
弥生は小さくため息をつく。
十回目。あの人魚の王女様とかいう成人式の夢を見た回数。最初はうろ覚えだったのが、日に日に覚えていく。一体何の意味があるというのだろう。私はただの中学生なのに。いや、ただの中学生じゃない。昔から疑問に思っていたことがある。
――――自分は人間ではないのじゃないか。
そんな気がしてならないのだ。それが、いつも頭から離れない。なぜかいつもプールなど水に関することになると絶対必ず不思議なことがおきる。
何も無いはずのプールに私がプール掃除をしようとおりると突然水があふれ出てきたり、私のところだけ水がさけたり……。そのうちみんなが噂するようになった。
弥生(私)はただの人間じゃない。人魚の呪いがかかってるんだ。
私は否定した。そんなはずはないと。でも、現に起こってしまっていることをいまさら覆すことは出来ない。内心は自分は実際そうかもしれないと思った。何者なのか自分でさえも分からないのだから。
この先、ずっと自分の正体が分からないままになるんだろうか……。
弥生は頬杖をつきながら窓の景色を見詰めた。
*
南の海 スュド・メール
赤道より南半球の南の海、スュド・メール。白の人魚族と敵対している黒の人魚族が住む海である。そこに一人の人魚の姿があった。
「やっと見つけたわ。もう一匹の魔物が封印されている場所」
にやりと笑う人魚。
「ほんとはこのまま眠ってもらいたかったんだけど、あいつがうるさくて」
何かを思い出してしまい、はぁと嫌々そうに顔をしかめる。
「さて、はじめますか」
人魚は一息つくと、両手を出しクロスさせ、ある場所にポイントをあわせる。
そして一言唱える。
「闇夜に輝け! オー・ソンブル・サンダー!」
唱えたとほぼ同時。黒く光る雷が底を直撃。大きな衝撃音と共に砂ぼこりが舞う。砂ぼこりにはノール・メールと同じように赤い目をしたシルエット。そのシルエットは海の上を目指して消えていった。
「これでオッケー。あとは待つだけね。暇だから、その辺遊んでようかしら」
そう言うと、泳いで行ってしまった。
同じ頃して 北の海 ノール・メール
いろんな種類の魚が泳ぐ中、数匹の魚達が岩陰に潜んで雑談していた。
「聞いたか。あの恐ろしい魔物が復活したっていう噂!」
「あぁ。聞いたよ。海中を荒らしまわってえさを探してるんだって?」
「そのうち、ここにも来るかもな。だって、ここはそいつが封印されていた、いわば故郷のようなとこだし」
「ふるさとには帰ってくるっていうし……」
「あーぁ。もうダメなのかぁ~~。俺らもう、死んじゃうんだ~~」
落胆の表情で話す魚達。
その時突如、魚やサメやイルカがその場から逃げ始めた。逃げ惑っているようにも見える。一体どうしたんだろう。一匹の魚が岩から少し顔を出して様子をうかがう。
そこにはものすごいスピードで泳いでくる一つのシルエット。あのシルエット。体の模様が特徴的な海蛇だ。だが、ただの海蛇ではない。かなりでかい。まさしく、さっき話していた魔物だ。本当にやってきた!
「や、やばいぞ! ほ、ほんとに奴がやってきた!!」
「な、なにいいいぃぃぃ!?」
魚一同一斉に声をあげる。
「ど、どうすんだよ~。いまさら逃げるってできないぞ」
「でも、逃げなきゃ俺達全員死んじゃうし……」
「岩にいるんだぞ。今岩から出てみろ。奴に絶対見つかる」
「でもなぁ~。いまさら逃げてもなぁ~~」
「お前はいつもネガティブだな。ポジティブに考えること出来ないのか」
「しょうがないじゃ~ん。これが性格って奴だしぃ~~」
中々決められずもめてしまう魚達。
その時一匹の魚が決意する。
「なかなか決められないのなら、俺は出るぞ。こんなとこにいたってしょうがない」
ギルと呼ばれた魚は出て行ってしまった。
「まさか、ギルの奴、自分がおとりになって俺らを逃がす気じゃあ……」
「ギ、ギルゥゥゥ~~」
そこに岩や珊瑚を破壊しながら暴れ狂うメールモンストルがやってくる。
『グオオオォォォォーーーー!!』
メール・モンストルの鳴き声が響く。
「来たぁぁぁ~~! 逃げるんだ~~!」
「わーーーー!」
「ギルゥゥゥ~~」
メール・モンストルは魚達をえさと思い襲い掛かる。
魚達の方は大怪我を負い、命からがら逃げるのであった。
北の海 ノール・メール 人魚の国跡地
ここは以前白の人魚族が住んでいた人魚の国があった場所。今は瓦礫が積み重なり、面影は全くない。瓦礫の中には青い宝石がついたネックレスが挟まっていた。
そこに亡霊らしき一人の人魚がうっすら姿を見せる。
その時、瓦礫にはさまっていたネックレスが青白く反応を示す。
亡霊の人魚は黙って目を凝らした。
*
海堂町 図書館
同じ頃、図書館では弥生とその友人はいまだに宿題をやっていた。
「ねぇねぇ、どうやったら早く終わるかなっ?」
「馬鹿! あんたが居眠りなんかしなけりゃとっくに終わってたつーの!」
「あー……。ごめんごめん。つい、気持ちよくてねぇ~~」
「言い訳は結構です!」
怒ってるなぁ~と弥生は申し訳なさそうに小さくなる。
弥生は急に、血管が逆流し始めたかのように気分悪くなり吐き気がしてくる。そして、弥生の体が青白く光り始め、当人は床に倒れこむ。椅子がずれる音が鳴る。
「ん……? 弥生、また寝てるの~? もう起こさないから……って弥生?」
友人は弥生の元に駆けつけると体が光り、苦しそうにもだえる弥生の姿が焼きつく。
「弥生!? どうしたの!? 弥生!?」
友人は必死で超えかけるが、弥生のもだえが途切れることはなかった。