弥生とそれぞれの思い
次の日
弥生は重い足取りで図書館に向かっていた。なんやかんやで夏休みの宿題をする暇がなかったため、今日やることになったのだ。
だが、弥生の頭の中には夏休みの宿題はなく、昨日の睦月のことでいっぱいなのだ。
…………睦月さん。昨日、最初に会ったときなんだか様子が変だった。そう思ったら今度は襲い掛かって……。そしたらあの、ラリア王女の声。
『気をつけて! あの人は誰かに操られてる!』
まさかと思った。そんなはずはないと思った。これは夢なのかもとも思ったし、夢であってほしいとも思った。とにかく目の前の事実が信じられなかった。うそであってほしい。この前あったみたいに私を怒ってほしい。冗談だって言ってほしい。なにより、信じたかった。本当の睦月さんを。あの、睦月さんを。
弥生の目から冷たいものが流れた。
どうして、こんなにも悲しくなるの……? どうしてこんなにも胸が痛むの……? どうして、涙が出てくるの……?
どうしてなのかは分からなかった。分かりたくもなかった。
その時、見覚えのある顔が弥生の一メートルほど離れた場所から前を横切る。
「睦月さん!」
冬川睦月、その人だった。
弥生は思わず睦月に駆け寄る。
今はしゃべりたい。睦月さんとお話がしたい。本当に操られているのかどうか。
ただ、それしか頭になかった。
だが、睦月は再び歩き出そうする。
「待って! 待って、睦月さん! 話だけでも聞いて!」
必死で懇願する弥生。
「話だけでいいの! それ以上はいらないから! ただ、睦月さんとお話がしたいだけなの!」
弥生の思いが通じたのか、睦月は脚を止め弥生の方を振り向く。
睦月さん……。
睦月が話を聞くになってくれたことに笑顔をにじませる。
「話って…………何?」
いつもの藤色の瞳ではなく、赤くにごった瞳が映る。
弥生とは対照的に不機嫌な睦月。
「あ、あの………………じ、実は……」
睦月さん、操られてるって本当ですか? なんてさすがに聞けない。操られているかもしれない相手に失礼だ。最も、操られているんだから、自分が操られているってことを知っているはずは無い。 よし、昨日最初に感じたことをそのままぶつけてみよう。その方がいい。
「昨日、睦月さんの様子がおかしかったから、何か、あったのかなぁ~~って」
「………………………………それだけ?」
さらに不機嫌な顔でにらみをきかす睦月。
その表情に弥生は凍りつく。
あぁっ。さらに気を悪くさせた!? 思ったことをそのまま言うだけじゃだめなの!? この後はどうすればいいの!?
弥生は気を取り直して続けた。
「あ、いや、その、睦月さんこの前助けてくれたし、話した感じは悪くなかったし、一見、人を襲うような人には見えなかったから……」
その言葉にぴくんと反応する睦月。
「それに、睦月さんが心配で、心配で……。何かあったらやっぱ相談して欲しいし……。友達として」
さらに反応する睦月。
「だから……、だから……」
「お前に何が分かる!」
弥生は肩をすくめる。
「ただ、友達づらして、分かっているようなふりをしているお前に何が分かる!」
「そ、それは……」
反論できず口ごもるしか出来ない弥生。
睦月は後は何も言わずその場を立ち去った。
私って……、ほんと睦月さんのこと何も知らない……。
弥生は何も知らない自分を責め続けた。
*
睦月はぼんやりと昔の記憶を思い出していた。
『わかっているよな? あのラリア王女を助けるんだから……それ相応のことはやってもらわないとな』
『分かってたんだったら、俺と手を組むことだな。悪い話ではないと思うが』
やっぱり、あいつと……、手を組むべきではなかった……。シャルロットと……。
睦月は無意識のうちに涙を流していた。
そんな睦月を見ていたチェリーが姿を見せる。
「そうね。手を組むべきではなかったかもしれないわね。でも、そっちが悪いのよ。こっちの要求を呑まなかったんだから。こうするしか、なかったの。ごめんなさいね」
そうつぶやくと海が見える方向に目を向ける。
約束、果たせるかしら……。
チェリーは難しい顔で見詰めた。