ラリア王女の成人式
この話はフィクションです。
とある深海の王国。辺り一面に闇の世界が広がる。
この王国には不思議な力を持った、人魚が住んでいる。そして今は王女様の成人式が執り行われていた。
この海の世界には二つの人魚族が住んでいる。
赤道より北半球の北の海「ノール・メール」に住む『白の人魚族』と、同じく赤道より南半球の南の海「スュド・メール」に住む『黒の人魚族』だ。
この二つの人魚族はある宝玉をめぐっては戦い、互いを敵視している。
「ラリア王女様。前へ」
ラリア王女様と呼ばれた人魚が前に出る。
……いよいよなのね。
ラリアはうれしいような、後悔のような、複雑な気持ちに駆られる。
大人になるのはうれしい。海の上にいけるし、どんなところか見て見たい気もする。
それに、外の空気も吸ってみたいし、光も浴びたい。
そして何より、王国から出ることを許可される。他の魚や住人の暮らしぶりも気になる。
でも…………。
まだやり残したことがたくさんある。
やるべきことが残っているのだ。
そんな状態で大人になっていいのだろうか。
出来ることなら、すっきりとした気分で成人式に望みたかった。
顔をしかめたままたどり着くラリア。
「では、ラリア王女様。このネックレスをお納めください」
目の前に差し出された盆にのったネックレス。これを取れば大人と認められ、大人の仲間入りになれる。
でも、やっぱり……。
ラリアは静かに見つめ、躊躇する。
「ラリア王女様? どうかなさいましたか?」
その言葉ではっとする。
「い、いえ……。なんでもありません……」
冷や汗をかきながら視線をそらす。
危ない。変に思われてしまった。
実は大人になるのを考え直しているなんて口がさけてもいえない。
しかも、お父様、いえ、国王様も直視している。やばいかも。
そんなことで成人式を壊すなんてことは絶対にしたくない。
何があってとしても。
「では、改めまして。ラリア王女様。ネックレスをどうぞ」
ラリアはネックレスに手を伸ばす。
だが、その時!
地震が起きたような轟音がこだまする。城の壁が無残にも崩れ落ち、巨大な穴が出来た。その穴からは人魚の数倍の大きさの巨大な海蛇が現れる。
傍観していた住人達が突如、顔色を急変させた。
「メール・モンストルだ! モンストルが現れた!!」
「た、食べられる~!」
「私達を襲いに来たのよ!!」
「もうこの国はおしまいだわ!!」
慌てふためく住人達。悲鳴をあげる者もいる。
「メール・モンストル……。どうしてここに?」
驚きの表情が隠せないラリア。
メール・モンストル。別名リヴァイアサン。
海を大暴れする厄介者。海に住むすべての者が恐れているといっても過言ではない。住人達を関係なく襲う危険な魔物。海の世界を荒らし、何百もの住人が死んできた。
本来ならばここにいないはず……。
メール・モンストルは室内を荒らし、いい獲物がないか嗅ぎまわる。
住人達はその場で逃げ惑い、うろたえる。床にはメールモンストルによって倒された住人達が倒れ伏す。その数は次々と増えていく。
「このままじゃ、この人魚の国が……」
そこに一人の男が声かける。
「ラリア」
振り返ったラリアは、男を一見するとつぶやく。
「お父様……」
ラリアの父親であり、この人魚の国の国王だった。
「もうこの人魚の国は終わりを告げる。滅亡まで時間の問題だ。それよりも、ラリア。お前はそのネックレスを持って逃げなさい」
「そんな……!? じゃあ、お父様はどうなるの!? 国のみんなは!?」
「心配することはないさ。命は生まれ変われるもの。またどこかで会えるさ」
「でも……」
ラリアは心配そうな顔をしながらためらう。
その時、メール・モンストルの目がラリアに留まった。それに気づいた国王。
「早く逃げるんだ!!」
国王はラリアに強引にネックレスを持たし、海に押し出す。
そして、優しい目つきで一言。
「強く生きるだよ、ラリア」
間一髪、ラリアが城から出た直後、城はゆっくり崩れ去っていく。
思わず後ろを振り返る。
「お父様……」
生まれ育った城が崩れている。お父様達は大丈夫なんだろうか……。
悩んだが、再び前に進むことを選択する。
数秒後にはラリアの姿はなかった。
その後、メール・モンストルは国王と住人の手により、ノール・メールの底に封印されることになった。
「もう、二度と暴れないよう、強めに封印しよう」
国王と住人達は再び海に解き放たれないことを願った。
それから三百年が経った。
三百年後の現代 北の海ノール・メール
そこに一人の男がやってきた。
男はメール・モンストルが封印されている場所に来ていた。
「ここ……か」
辺りを見渡し確認する男。
封印されている底を眺め、不敵な笑みを浮かべる。
「三百年の時を経て、今、お前を自由にしてやろう」
右手を封印されているはずのポイントに合わせる。
男は黒い稲妻を放ち、大量の砂ぼこりが舞う。
砂ぼこりの中から赤い目の巨大なシルエットが浮かぶ。
「さぁ! お前の好きな海を楽しんでこい!!」
男の言葉を合図に巨大なシルエットは姿を消した。
一人残された男は満面の笑みをこぼす。
「これで準備が整った。あとは夢石の封印が解けるの待つのみ」
海には静かな波の音だけが響いた。