死神
鈴の音が近づいてくる。
シャリン。シャリン。シャリン。
屋上の柵にかけていた手を止め、振り返ると、黒い羽根を纏い、大鎌を持った何者かが居た。顔は仮面で見えない。
おかしい。さっきは居なかったはずなのに。
「どうした? 飛び降りないのか?」
「……見世物じゃないんだけど」
睨みつけるとソイツは手を前に出して軽く振った。
「悪かった。だがこっちも仕事なんだ。飛び降りるならさっさと飛び降りてくれ」
「飛び降りるからどっか行けよ!!」
「はいはい」
何者かは居なくなった。安堵の息を吐く。
しかし、柵から下を見るとそいつが居た。
「どっか行けって言ったろ!!」
大声でそう言うと、下に居る人々は不思議そうにこちらを見上げる。
「あー。言い忘れてた。俺の姿、君にしか見えないから」
「は?」
下に居る人々はざわめき、スマホをこちらに構える。
「さあ、飛び降りるんだ。周知なんて死んだ時点でされるんだから気にしない気にしない」
目にはスマホが焼き尽く。
「……くそ」
俺は踵を返して、地上に行った。もちろん裏路地から帰ることにする。
「あっれ〜自殺しないの?」
またいつの間にか背後に居た。煽るような口調が腹が立つ。いや、存在自体が。
さっきの光景を思い出すと腹の虫が収まらない。
「何なんだよ!お前は!!」
「俺? 死神だよ」
「そうじゃない! 何で俺に付きまとう!!」
「さっきも言ったでしょ。仕事だよ仕事。僕の仕事は死者を導くことだからねー。こうして先に先回りしてんのさ」
「先回りすんじゃねぇ…! ……一人で死なせてくれよ……」
死神は首を傾げる。
「別に死んだら終わりなんだから、見られても良くね?……あー違う。生者としてか。何お前、幽霊になった時のことを考えてんの?」
「そんなわけねぇだろ。……未来の事なんか考えれるわけないじゃん」
「存在しているのにか? 変な奴だなお前。よし、気に入った。しばらくの間お前と同行することにした」
「は? ふざけんな。とっとと帰れ! 仕事しろ」
「同行も仕事になるだろ。だってお前って死にたがりってやつだろ?」
「……は。俺以外にも死にたがりはいるだろ。今の世の中死にたいと思ってない奴の方が珍しいだろ」
「ん…? 今なんて」
「何でもねえよ。馬鹿」
俺は家へと歩みを進める。死神はその後をトコトコと付いてくる。
俺は舌打ちをした。
「勝手にしろ」
「あら、帰りが遅かったじゃない。一体何してたのよ」
母がエプロン姿のまま駆けつけてくる。
「……別に。ただ散歩してだけ」
「おいおい、本当は自殺しようとしてたけどの間違いだろ?」
鈴の音が耳元で鳴り響く。俺はそれを無視する。
俺は階段を昇る。
「ちょっと〇〇ご飯は」
「今は食欲ない」
「もう…」
「アイツ心配してくれる家族が居るのに何で自殺しようとしてんだ??」
死神は首を傾げる。
「まあいっか。観察してたら分かるだろ」
死神は消え、2階にワープした。
今度こそ今度こそ今度こそ、死んでやる。
カッターを両手で掴み、首に近づける。死にたいのに痛みに対する恐怖が消えない。
「お前。死ねるなら手段を選ばないんだな」
首にカッターを当てる。血が流れてるのを肌で感じる。
一呼吸して決意する。
「あ、また言い忘れてたことがあった」
間抜けな声に決意が拍子抜けしてしまう。
「……なんだよ」
「自殺すると地獄行きな」
「……脅す気か?」
「まさか。事実を言ったまでさ。俺は仕事を遂行するだけ」
「地獄ってどんな場所」
「悲鳴が常時の拷問場所さ。ここの方が恵まれてるって話だぜ」
今よりも辛い…? 死んでも解放されない? じゃあ自分は――どこに行けばいいんだ?
凶器を落としてしまう。
「どうした? 拾えよ。自殺するかどうかは自由だぜ?」
死神の言葉が聞きたくなくて俺は布団に籠もった。
「おいおい興醒めだぜ? お前の死にたい意識は地獄行きになるだけで変わる程度のものなのか?」
「誰が地獄に行くために死んでやるか! 俺はただ…今の状況から解放されたいだけだ」
涙が布団に染み込む。
「あー……まさか泣いてるのか?よく分からねえな。俺は現実なんて当たり前と受け入れたら済む話だと思ってるから。解放されたいなんて考えたことも……あるか。仕事からは解放されたいな!」
「そんなものと一緒にすんな!!!」
壁を叩く。
「そんなものって…仕事は大事だろ? 俺にとっちゃ存在意義そのものだ。お前に俺を否定する権利、あるのか?」
言い返そうとした時、ノック音が聞こえてきた。
死神は長ったらしい話をきり上げる。
「兄さん、五月蝿いよ」
「な、夏樹…!? ごめん、勉強の邪魔になったよな」
「それは別にいいけど……どうしたの?」
「別に…何も」
「誰かと喋ってた? もしかしてまた動画作ってるの?」
「動画って何だ?」
過呼吸になる。息苦しくて息苦しくて、俺は布団から出た。死神は目の前にいない。
「僕、知ってるんだ。兄さんがあげたあの動画。面白かったよ。つい僕――」
面白かった。笑い声。やめろやめろやめろ。俺を笑いものにするな!
「うるせぇ! 俺に構うな!!」
「に…兄さん」
「お前は勉強でもしとけ! 東大受かりたいんだろ!!」
「……ごめん兄さん。プライベートに踏み込みすぎたね。僕はおとなしく…勉強してくるよ」
足音が遠のいていく。弟が居なくなった後、俺はベッドを数回叩いた。




