EP 2
暴露される『ドロドロ社内恋愛』とブラック労働
「……お前ら、戦う前にそのドロドロの職場環境、どうにかした方がいいんじゃないか?」
俺が【世界編集】の内部ログを読み上げると、上空に浮かぶ巨大ロボット『聖獣機神ガオガオン』の動きが、ピタリと、文字通り完全にフリーズした。
『……ナ、何ヲ言ッテイルカ、サッパリ分カランナ! 我ラ聖獣機神ハ、女神ルチアナ様ノ元、強固ナ絆デ結バレタ最強ノ――』
「いや、バレバレだから。今も内部通信ログがダダ漏れだぞ」
俺は空中に大きな半透明のウィンドウを展開し、ガオガオンの内部通信をスピーカー出力(全公開)に切り替えた。
『ちょっと朱雀! あんたまた白虎に色目使ったでしょ! 私と付き合ってるって言ったじゃない!』
『あーらうるさいわね青龍。私はただ、白虎君のドリル(左腕)のメンテナンスを手伝ってあげようとしただけよぉ?』
『やめろ朱雀! 俺に擦り寄るな! 俺は硬派なドリルだぞ!』
『……もういい。朱雀も青龍も白虎も、どうせ私のことなんてどうでもいいんだわ。今すぐこの玄武シールド(下半身)を自爆させて、みんなに私の痛みを知ってもらう……!』
『待て玄武! 早まるな! ジュネーヴ条約違反だぞ! 自爆は労働災害認定されないからやめろぉぉぉっ!!』
「「「…………」」」
中庭に、気まずすぎる沈黙が降り下りた。
「ご、ご主人様……なんだか、聞いてはいけないものを聞いてしまった気分です……」
「わたくし、胸が苦しくなってきました……。あの胸のライオンさん、すごく可哀想ですぅ……」
ルナとクロエが、敵であるはずの巨大ロボットに同情の目を向けている。
無理もない。傍から見れば世界を滅ぼす神の兵器だが、内情は『浮気相手の修羅場に巻き込まれる真面目な中間管理職』なのだから。
『エ、エラー! 通信傍受ヲ確認! ……クソッ、お前ら少し黙れ! 敵の目の前だぞ! 今すぐローマ規程に則り、陣形を立て直す!』
ガオガオンの胸のライオン――メインコアである『ガオン』が、涙声に近い機械音声で叫ぶ。
『行くぞバグ(リクト)! 我が必殺技、受けてみよ! ……右腕の青龍、紅蓮のレーザー発射準備!』
ガオガオンが右腕をこちらへ向ける。
だが、右腕(青龍)からは、プシュゥゥゥ……と情けない湯気が出ただけだった。
『……ちょっと待ってよガオン。私今、朱雀の浮気の証拠LINE……じゃなくて通信履歴探してるから、レーザー撃てないわ』
『青龍! 職場に私情を持ち込むな! 懲戒免職にするぞ!』
『なら俺の左腕ドリルで貫く!』
『ダメよ白虎くぅん。急に動いたら、私の翼(背中)のバランスが崩れちゃう♡』
『あああああっ! お前ら、いい加減にしろぉぉぉっ!!』
ガオガオンが空中でジタバタと身をよじっている。
右腕は動かず、左腕は背中の朱雀に止められ、下半身の玄武は「シールドの強度を極限まで下げてリスカの準備に入りました」とか不穏なアナウンスを流している。
「……なぁ、ガオンって言ったか」
俺は、七輪で焼けた肉を小皿に取り分けながら、哀れなライオンに声をかけた。
「お前、そんなクソみたいな職場で働いてて、楽しいか?」
『……ッ!?』
ガオンの胸の獅子の目が、ピクリと反応した。
『タ、楽シイワケナイダロウガッ!!』
突然、ガオンが堰を切ったように怒鳴り散らした。
『俺はただ、シンガポール法に則って、平和で規律ある労働環境を守りたいだけなんだ! なのにコイツらと来たら、隙あらば浮気するわ、嫉妬でシステムにエラー吐かせるわ、メンヘラ化して自爆しようとするわ……! ルチアナ様もルチアナ様だ! 「適当に合体させとけば強いっしょ」とか言って、こんな相性最悪のメンバーを一つの機体に詰め込みやがってぇぇぇっ!』
「うんうん。わかるぞ、その辛さ」
「ライオンさん、大変だったのですね……」
「温かいお茶、飲みますか……?」
俺たちは完全に戦意を喪失し、空に向かって同情の相槌を打っていた。
『俺のバイブルは太宰治の『人間失格』だ! 毎晩コックピットでアレを読んで、自分を慰めてるんだぞ! 恥の多い生涯を送ってきましたって、まさに俺のことじゃないか!!』
号泣しながら、空中で崩れ落ちるガオガオン(制御不能)。
「ガオン。そんなブラック企業、俺が『退職』させてやろうか?」
俺は【世界編集】のウィンドウを開き、一つの提案を持ちかけた。
『退職……? そ、そんなこと、できるわけがない。我らはルチアナ様とシステムに魂を縛られた存在。強制解除など――』
「俺を誰だと思ってる? 世界のルールを書き換える男だぞ」
俺はキーボードに指を乗せ、不敵に笑った。
「そのドロドロの同僚たちとおさらばして、俺の屋敷(ホワイト企業)に転職してこい。……三食昼寝付きで、法律の勉強も、太宰治も、誰にも邪魔されずに読ませてやるよ」
『三食、昼寝付き……! た、太宰が読み放題……ッ!?』
真面目すぎるが故にすり減っていた獅子の心に、悪魔の(いや、救世主の)囁きが響き渡った。




