EP 7
神の試練迷宮と、ルナの決意
「ここが、システムが隠していた『試練の迷宮』か」
辺境都市アルカディアからさらに奥深く、前人未踏の山脈の山頂。
俺たち三人は、空間がねじ曲がり、ポッカリと口を開けた巨大な黒いゲートの前に立っていた。
【管理者メニュー】のログを解析して見つけ出したこの迷宮の最深部には、世界システムが保管している『さらなる管理者権限』が眠っているはずだ。
「す、すごい魔力溜まりです……! わたくしの持ってきた計測器が、振り切れて壊れちゃいました……っ」
クロエが背負った巨大なリュックサック(中には彼女の「失敗作」が大量に詰まっている)を下ろし、慌てた様子で丸眼鏡を押し上げる。
「クロエ、心配はいりません。ご主人様と、このわたくしが必ずお守りしますから」
「はいっ、ルナさん! わたくしも、皆さんのサポート頑張ります!」
ルナは頼もしく胸を張り、クロエと微笑み合っている。二人はすっかり仲良しになっていた。
「よし、行くぞ」
俺が先頭に立ち、ゲートをくぐると、そこは幾何学模様の壁で構成された、無機質で広大な迷宮だった。
『――ピピッ。侵入者を検知。防衛システムを起動します』
無機質なアナウンスと共に、迷宮の壁が崩れ、無数の「機械仕掛けのガーゴイル」が出現した。
一体一体が、あの『死の森』のデス・ベアに匹敵する魔力を持っている。
「うわぁぁっ! いきなり大群ですぅ!」
「ふん。数が多いだけなら……っ!」
ルナが爪を立てようとしたが、俺は二人を手で制止した。
「ルナ、クロエ。ここは俺の『実験』に付き合ってくれ」
俺はクロエのリュックから、紫色のドロドロとした液体が入った『失敗作・大爆発ポーション(威力が高すぎて世界が破棄した代物)』を取り出した。
そして、【ステータス編集】のウィンドウを展開する。
ーーー
【名称】失敗作(究極爆炎薬)
【特性】投擲後、対象のみを空間ごと消し飛ばす。
【対象】(空白)
ーーー
「この【対象】の項目に……目の前のガーゴイルたちを『全選択(Ctrl+A)』してコピー。そしてここにペースト(貼り付け)だ」
カタカタカタ……ターンッ!
俺がそのポーションを軽く前方に放り投げた瞬間。
カッ――!!!
音すら置き去りにする極大の閃光が迷宮を包み込み、数百体いた機械のガーゴイルたちが、一瞬にしてチリ一つ残さず『空間ごと』消滅してしまった。
俺たちの立っている場所には、熱風すら吹いていない。
「……え?」
「う、うそ……わたくしの失敗作が、あんな……!?」
「完璧だ。クロエの素材と俺の編集の相性は、やっぱり最高だな」
驚愕する二人をよそに、俺たちは完全に無人となった迷宮を、ただの散歩のように悠々と歩いて進んだ。
――そして、最深部。
そこは、荘厳な神殿のような巨大な空間だった。
中央の祭壇には、目当てである『管理者権限の結晶』が浮遊している。
だが、その結晶を守るように、一体の巨大な魔物が鎮座していた。
『グルルルルル……』
それは、三つの首を持つ漆黒の巨狼だった。
全身から、ルナを苦しめていたあの『神殺しの呪い』と同じ、禍々しい紫色の瘴気を放っている。
「あれは……」
ルナの足が、ピタリと止まった。
その金色の瞳が、驚愕と、そして深い憎悪に見開かれている。
『……ホウ。生キテイタカ、欠陥品ノ神狼ヨ』
三ツ首の巨狼が、人間の言葉で重々しく喋り出した。
『我ハ、世界システムヨリ遣ワサレシ神獣、ケルベロス。貴様ノ存在ヲ【バグ】ト認定シ、呪イヲ与エタ処刑人ダ』
「っ……! あなたでしたか……! わたくしの同胞たちを、森の仲間たちを理不尽に葬り去ったのは……ッ!」
ルナの全身の毛が逆立ち、かつてないほどの怒りと殺気が膨れ上がる。
「なるほど、あいつがルナに呪いをかけた元凶ってわけか。……上等だ。今ここで、俺がデータごと存在を『削除』してやる」
俺が【ステータス編集】のウィンドウを開き、ケルベロスを全選択しようとした、その時だった。
「――待ってください、ご主人様」
ルナが、俺の前に立ち塞がった。
「ルナ?」
「あいつは、わたくしの過去の因縁です。わたくしから仲間を奪い、誇りを奪い、ただ死を待つだけの存在へと貶めた元凶……」
ルナは振り返り、俺に向かって深く、美しいお辞儀をした。
「ご主人様には、命を救われ、居場所を与えられ、たくさんの愛をいただきました。ですが……わたくし自身の過去の清算まで、ご主人様に甘えるわけにはいきません」
その瞳には、かつての怯えた少女の面影はない。
気高く、誇り高い、本物の神獣の光が宿っていた。
「わたくし自身の過去は、わたくし自身が超えます。……どうか、ご主人様の隣に立つに相応しい相棒になるための戦いを、見届けてはいただけないでしょうか」
その覚悟に満ちた表情を見て、俺はウィンドウを静かに閉じた。
「……わかった。勝手にしてこい」
「ありがとうございます……ッ!」
「ただし、絶対条件が一つある」
俺はクロエから受け取っていた小瓶と、俺が先ほど編集した『絶対に壊れない神の爪飾り』をルナに手渡した。
「クロエの特製バフポーションと、俺が作った専用装備だ。これを使って、あいつを圧倒的に、徹底的に叩き潰せ。……俺の『相棒』が、傷つく姿は見たくないからな」
「ご主人様……! クロエさん……!」
ルナの瞳から一筋の涙がこぼれる。
彼女は二つのアイテムをしっかりと握りしめ、三ツ首の巨狼へと向き直った。
「システムが何だというのです! わたくしは、愛するご主人様の従者! あなた程度の偽物の神獣、このルナが噛み砕いて差し上げます!」
世界への反逆の狼煙となる、神獣同士の激突が、今幕を開けた。




