第二章 世界のバグ修正者と、没落令嬢の錬金術
スローライフ崩壊!?『世界の修正者』襲来
「はぁ~……天国だ……」
最高級のふかふかソファに深く身を沈めながら、俺は至福の吐息を漏らした。
手元のグラスには、ただの井戸水を【品質:神々の美酒】に編集した極上の果実水が入っている。一口飲むだけで全身の疲労が吹き飛ぶ美味さだ。
「ご主人様! 見てください、中庭の芝生でお昼寝していたら、小鳥さんたちが集まってきました!」
窓の外では、ルナが頭に小鳥を乗せながら嬉しそうに尻尾を揺らしている。
ボロ屋敷を『最高級リゾート』に一括置換してから数日。俺たちは街の喧騒から離れ、誰も干渉してこない完璧なスローライフを満喫していた。
勇者パーティーでの奴隷のような日々が、まるで遠い過去の出来事のように思える。
「このまま一生、ここでだらだら生きていくのも悪くないな……」
そう呟き、もう一口果実水を飲もうとした、その時だった。
――ピィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!
突如、脳髄を直接削るような、けたたましい電子音が空間全体に鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
グラスを置き、慌てて窓の外を見る。
信じられない光景が広がっていた。俺の屋敷の上空、青かったはずの空が、まるで『壊れたモニター』のように四角いノイズ(モザイク)に覆われ、バチバチと赤黒い火花を散らしているのだ。
「ご、ご主人様……っ! あれを……!」
ルナが顔面を蒼白にさせ、空の一点を指差した。
ノイズの空間がパカッと不自然に割れ、そこから『何か』がゆっくりと降下してくる。
それは、無機質な幾何学模様で構成された、光の六枚羽を持つ人型の存在だった。
顔にあるはずの目や鼻はなく、ただツルリとした白い仮面のような頭部。その手には、空間そのものを歪ませるほどの高密度な光の剣が握られている。
『――セクター04にて、深刻な論理エラー(バグ)を検出』
そいつが口を開いたわけではないのに、機械的な合成音声が直接脳内に響いてきた。
『廃屋オブジェクトの質量および概念の【不正な強制書き換え】を確認。原因対象者、個体名:リクト。世界システムに対する致命的な脅威と認定』
「不正な書き換え……? まさか、屋敷のステータスをいじったせいか!?」
俺は冷や汗を流した。
どうやら俺の【ステータス編集】は、やりすぎるとこの世界の「管理者」のような連中に目をつけられるらしい。
『これより、バグの排除プロセスに移行します』
無機質な存在が、光の剣をゆっくりとこちらへ向けた。
その瞬間、屋敷全体が震え上がるほどの凄まじいプレッシャーが押し寄せてきた。
Aランク冒険者だったボルグの殺気など、児戯に等しい。次元が違う、純粋な『死』の圧力。
「させません……! ご主人様には、指一本触れさせない……ッ!」
ルナが神狼のオーラを全開にし、俺を庇うように前に出る。だが、その足は恐怖で小刻みに震えていた。
Sランク魔獣であるデス・ベアすら凌駕する神獣の彼女が、本能で「勝てない」と悟っているのだ。
「ルナ、下がれ。大丈夫だ」
俺はルナの肩に手を置き、静かに前に出た。
相手が神だろうがシステムの管理者だろうが、関係ない。
俺の目に見えている以上、こいつも『編集可能』なただのデータに過ぎないのだから。
「お前が何者かは知らないが、俺の平和なスローライフを邪魔するなら……消えてもらうぞ」
俺は【ステータス編集】を発動させ、頭上の存在に向かってウィンドウを展開した。
いつも通り、レベルを「1」にして、デコピンで終わらせてやる。
ーーー
【個体名】世界の修正者
【種族】■■■(解析不能)
【レベル】???
【HP】???/???
ーーー
「……なんだこれ? 数値が、見えない……?」
一瞬、嫌な予感が背筋を走る。
だが躊躇している暇はない。俺はキーボードを叩き、強制的に【レベル:1】と打ち込み、エンターキー(決定)をターンッ!と叩きつけた。
その瞬間。
『――ガガッ……ピーーーッ!』
『警告。対象の階位が高すぎます。アクセス権限が不足しています』
『警告。ステータスの改変に必要な魔力が、圧倒的に不足しています。書き換えに失敗しました』
「……は?」
脳内に響いたのは、冷酷なシステムのエラー音。
ウィンドウに打ち込んだ「1」という文字は、赤く明滅し、パリンッと音を立てて弾け飛んでしまった。
スキルが、無効化された……!?
『バグの抵抗を確認。これより、強制フォーマットを実行します』
修正者の持つ光の剣が、圧倒的な速度と質量を伴って、俺の頭上へと振り下ろされた。
「しまっ――」
かつてない絶体絶命の危機。
ただの雑用係が手にした無敵のチートスキルが、初めて『世界の壁』に激突した瞬間だった。




