EP 10
最強のスローライフ開幕と、破滅へ向かう勇者たち
「んん〜っ! 美味しいです! ご主人様、このお肉、ほっぺたが落ちてしまいそうです!」
最高級リゾートへと生まれ変わった屋敷の広大なダイニング。
ルナはふさふさの尻尾をちぎれんばかりに振りながら、大皿に盛られたステーキを幸せそうに頬張っていた。
「ゆっくり食えよ。おかわりならいくらでもあるからな」
俺は微笑みながら、自分の分の肉を切り分ける。
冒険者ギルドの帰りに市場で買ってきた、ただの安い『ホーン・ボアの肉』。しかし、調理する前に【品質】を『最低』から『神々の晩餐』に書き換えてあるため、口に入れた瞬間にとろけるような極上の味わいへと進化している。
「お風呂も最高でした……! お湯に浸かっただけで、なんだか力がどんどん湧いてくるみたいで……」
「まぁ、風呂の【快適度】と【疲労回復力】も限界突破させてるからな」
美味しいご飯に、最高の温泉。そして隣には、自分に絶対の忠誠を誓ってくれる可愛い神狼の少女。
これまで勇者パーティーで、泥水をすすりながら睡眠時間も削って働き詰めていたのが嘘のようだ。
「ここからが、俺たちの本当の人生だ。誰にも文句は言わせない、最高のスローライフを送ろうな、ルナ」
「はいっ! ルナは一生、ご主人様にお供いたします!」
こうして、俺の規格外な自由気ままな生活が、ついに本格的に幕を開けた。
――だがその頃。
王都にある薄汚れた安宿のの一室では、地獄のような光景が広がっていた。
「くそっ……! なんでだ! なんで俺たちが、こんなBランクの依頼すら失敗しなきゃならねぇんだよッ!」
勇者アレスが、血走った目で酒の入った木杯を壁に叩きつけた。
「あんたが攻撃を外すからでしょ! おかげで私の杖も折れたし、回復薬を買うお金すらもうないのよ!」
「俺だって鎧がボロボロなんだ! 修理費どころか、今日の宿代すら怪しいぞ……!」
魔術師の女はヒステリックに泣き叫び、戦士の男は頭を抱えている。
『上位互換』として加入した賢者は、「お前らみたいなハリボテに付き合ってられるか」と、早々に愛想を尽かしてパーティーを抜けてしまっていた。
装備の修繕費、宿代、高額な回復魔法の代金。
依頼は失敗続きで収入はゼロ。彼らは生きるために、すでに悪徳商人から莫大な借金をして首が回らなくなっていた。
「ふざけるな……俺は選ばれた最強の勇者だぞ! なんでこんな、こんな泥水すするような真似を……」
アレスが爪を噛みちぎるように悔しがっていた、その時だ。
一階の酒場から、他の冒険者たちのひそひそ話が耳に入ってきた。
『なぁ、聞いたか? 辺境の街アルカディアに、とんでもないルーキーが現れたらしいぞ』
『ああ、ただの平服を着た黒髪のガキだろ? ギルドで絡んできたAランク冒険者のボルグを、指で弾いただけで壁をぶち抜いて気絶させたって話じゃねぇか』
『しかも、どこで拾ったのか、神話級の素材を持ち込んだらしくて、ギルドマスターが直々に頭を下げたらしいぜ……』
「……は?」
その噂話を聞いた瞬間。
アレスの全身から、一気に血の気が引いた。
辺境の街。
黒髪で、ただの平服を着た少年。
「まさか……いや、あり得ない。あんな無能な雑用係が……そんな、馬鹿な……っ」
ガチガチと歯の根が合わなくなるアレス。
彼らの脳裏に、森に置き去りにしたかつての仲間の顔がよぎる。
あいつを追放してから、何もかもうまくいかなくなった。
もし、自分たちの『無敵の強さ』が、すべてあいつの力によるものだったとしたら?
そして、あの底知れない力を持った化け物を、自分たちが怒らせてしまったのだとしたら……?
「あ、あああ……っ」
最強の勇者パーティーの崩壊と破滅の足音は、もうすぐそこまで迫っていた。




