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第三話 風の行く先を見に行こう

「……え?見聞録?」

「王様、ケンブンロクって何?」

「見聞きしたものの記録、という意味です。


 貴方たちには、()()()()()()を見てきてほしい」


「スベテ…!?」


 あまりに壮大な話に、イルィフは素っ頓狂な声を上げた。

 ―――最新版を渡したのってこれが理由か!?

 島内の国全てに(おもむ)く。そんなことをすれば年単位の長旅になるのは確実だ。一応は国の信仰対象に位置づけられる神血者が、一年以上国からいなくなってしまう。

 ……そりゃ形だけでも式典はしないといけないし、中枢の人間以外に聞かせられないわけか。


 唖然とするイルィフを横目に、ワユマは質問を続けた。


「島の全てって、例えば?」

「ワユマは…まだ島の歴史を勉強していませんでしたね。フィスク、軽く説明を」


「現在は【再興歴1054年】…1054年前までこのハストア島は、神血者たちの合議によって治められた寡頭(かとう)制の【ハストレム王国】という一つの国でした。ですが衰退期に入ると、民族や信仰等の違いから内戦が絶えず……

 その最中、島の各地で()()()()()()()()()()()()、国は形を維持できず崩壊した…と伝えられています」


「災害が短い間に沢山?そんなことってあるの?」

「現存するどの歴史書にもそう書かれているので創作ではない、とされています。それが偶然なのか、神の思し召しなのかは今となっては誰にも分かりませんが―――

 ともかく、ハストレム崩壊後の混乱で多くの記録が失われました。今の我々は隣人のことすら何も知らない。この島に住む誰もが、かつて手を取り合った歴史を忘れ、相手を思うより先に悪意が立つようになりました。

 ……それではまた戦争に向かうだけです」


 支配者のいなくなった土地では建国と滅亡が相次いだ。約200年前にこの【大分裂時代】は終焉を迎えたが、その後は領土や資源をめぐって国同士が争うようになった。現在平和を謳歌しているこの国も、つい15年前までは東の隣国と戦争をしていた。


 ―――戦争。

 消えた町。

 血と炭の匂い。

 ……焼け落ちた家屋。


 イルィフは腰に下げた山刀(やまがたな)の柄に触れた。側面に彫られた家紋は、手袋越しでは凹凸が分からない程に摩耗していた。

 ……後で彫り直しておこう。


「だから【まずは相手を知れ】ということですか?相変わらず神血者使いの荒いことで。ま、持ち主の命令だからやりますけど」


 イルィフはカラッと笑った。

 心の底に溜まる泥を乾かすように、いつかその泥濘(ぬかるみ)が歩ける地面になるように、風を吹かせようとした。


「イルィフ、貴方たちは人間ですよ。()()()()()()()()()()()()【人間】です」


 急に真面目な顔で諭すのだから心臓に悪い。

 自虐を封じられたイルィフは、口を山型に曲げることしかできなくなった。


「ということでイルィフ、ワユマ。貴方たちに【ハストア島一周】を命じます。情勢、文化、風習、信仰…見たもの聞いたもの全てを書いてきてください。

 それと、期限は設けませんが今年の年末は建国祭があるので、それまでには一度戻って来てくださいね。神血者(貴方たち)がいないと始まりませんから」



 王国の南に向かう犬車の中で、イルィフは地図を広げた。

 ハストア島は中央の火山島【マカレア】を囲むようにできており、南だけが外海と繋がっている。乾燥した高原が広がる西側半島と、険しい山脈に東西を分断された東側半島に分かれ、2つが繋がる北の山地にヘルヴェータ王国は位置していた。


「まず西側半島を南から回って建国祭までに一度帰国する。今が2月だから祭りまで大体10ヶ月、順調にいけば1ヶ月くらい余裕をもって戻れるはずだ」

「なんで西側半島からなの?」

「ホラ、地図見てみろ。西の方が東より往復が短いし、東には山脈があって時間がかかる。建国祭は2年に一度だから、東は祭りを終わらせてからゆっくり行った方がいい」

「はぇ〜、イルィフやっぱり慣れてるね!

 じゃあなんで南から回るの?王都ってヘルヴェータでも北の方だから()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()


 イルィフの中でギクリという音が鳴った気がした。ワユマの言う通り、王都は国の北寄りにあるので真西にあるクト国が一番近い。

 わざわざ南からの出発を選んだのは、仕事とは全く関係のない個人的な理由からだった。


「あ〜……北を復路にすれば帰国してそのまま真っ直ぐ王都に行けるだろ?」

「うん!」

「それにクト国はちょっと進むのが難しくてな」

「そうなんだ!」

「最初は難易度低い方から行った方が―――」


 ワユマの視線がイルィフの良心に刺さる。

 ―――そんな、紫水晶みたいなキラキラした眼差しで次の言葉を待たれると、後ろめたさが倍増して…うぐ……


 イルィフはこの目に一度として勝てたことがない。


 そして、それは今回もだった。


「…すまん、難易度は北も南もそんなに変わらん。個人的に、早く南に行きたかった。

 ……前に言ってた()()()()()()()ってのが、南西の【コツィア国】なんだ。もう()とは7年くらい会えてないから、旅のついでに寄りたくて……」

「イルィフの親!?いいね、行こう行こう!僕も会わせてよ!」


 ワユマは公私混同な計画を咎めないどころか喜んで賛成した。

 そもそもコイツは仕事における公私混同の悪さ自体を分かっていない。……それもそのはず、ワュマはまだ6()()()()()だ。

 幼さとも言える純粋さが、イルィフには眩しくて暖かい。


「……よし、それならこの経路で決まりだな!」


 現在ほぼ鎖国状態にあるヘルヴェータ王国において、国の外を見たことがある人間は戦争参加者か国境警備隊くらいだ。見たことがあると言ってもその景色は死臭漂う戦場か、何も無い草原くらいだろう。かつてコツィア国で暮らしていたイルィフも例外ではなく、ヘルヴェータに帰国して以来、国外に出たことはない。


 イルィフは決定した経路を指でなぞった。

 国の外を見る千載一遇の機会。課された責任は重かったが、この胸の高鳴りをおさめる足枷になるには軽すぎる。


 ―――旅。

 草原を馬で駆け、どこまでもどこまでも自由が続く旅。

 目に映るもの全てが未知の世界。


「ねぇイルィフ、旅って楽しい?」


 トゥルバと王都、2つの世界しか知らない愛しい弟(ワユマ)にも、この楽しさを教えてあげたい。風の行く先の世界を見せてあげたい。


 この世界にはどんな人がいるのか。

 この世界にはどんな物があるのか。

 この世界はどんなものなのか。


 このワクワクを伝えられるよう、イルィフは自分のできる最大限の笑顔で答えた。


「もちろん!」


 こうしてイルィフとワユマは、無事に生まれ故郷から外の世界へ第一歩を踏み出すことが




―――できなかった。


 この時、イルィフ達はまだ知らなかった。

 旅の果てで、自身が何者かを知ることになることを。

 この旅が、島の運命を大きく変えるものになることを。


―――あの男と出会うまでは。


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