番外編:【奇跡の夕焼けと、一瞬の終止符(ピリオド)】
:【時空を越えた結婚記念日】
「駆さん、準備はいいですか? 今日こそは『仕事抜き』ですからね!」
凪が、お気に入りの白いワンピースの裾を揺らしながら、駆の腕をぎゅっと掴む。
今日は二人の、記憶を取り戻してから初めての結婚記念日だ。
駆は少し照れくさそうに、新調したジャケットの襟を正した。
左腕のデバイス『完全体クロノス』は、今や二人の仲睦まじいバイブスを検知して、出力ゲージが「LOVE(安定)」のピンク色に染まっている。
「分かってるって。最高のディナーにするために、俺が『最高の時代と場所』をセレクトしたんだ」
「期待してますよ。……はい、ゲート・オープン!」
紀元前でも、ルネサンスでもなく
二人が転送されたのは、美しい夕焼けに染まる、どこまでも続く海辺のテラスだった。
波の音は穏やかで、心地よい潮風が凪の髪をなでる。
「わあ……綺麗。ここ、どこの国ですか?」
「国っていうか……西暦二〇九〇年の、かつてハワイと呼ばれた場所だ。この時代のこの一分間だけ、空の色が『奇跡の七色』に染まるって記録にあってさ」
駆はそう言って、テーブルの上に一輪の、現代では絶滅してしまった花を置いた。
完全体となった駆の力は、もはや「戦闘」のためだけにあるのではない。凪の笑顔を見るために、歴史の最も美しい瞬間を切り取るためにも使えるのだ。
「……駆さん、本当にロマンチストになりましたね。昔はあんなに無骨だったのに」
凪が顔を赤らめ、駆の胸にそっと頭を預けた。二人の銀の指輪が重なり、淡い光を放つ。
最高のメインディッシュが運ばれてこようとした、まさにその時だった。
突如、凪が持っていたグラスのワインが、波紋も立てずに「逆回転」で渦を巻いた。
空気が凍りつき、美しい七色の夕焼けが、ひび割れた鏡のように歪み始める。
『緊急警告。未確認の**時間獣**が、現在の座標へ直接転移してきます!』
「チッ……。このタイミングで来やがったか」
駆が立ち上がると同時に、テラスの目の前の空間が爆発した。
現れたのは、これまでの個体とは比較にならない巨体。全身が腐食した時計の針と、数千年の怨念を孕んだ泥で構成された、災害級の時間獣だった。
化け物が咆哮し、その余波だけで周囲の時間が急速に劣化し、豪華なテラスが一瞬でボロボロに朽ちていく。
「駆さん、危険です! 因果率が……」
「凪、下がってろ。三分なんていらねえ。――コンマ一秒だ」
駆が左腕のデバイスを叩く。
漆黒と白銀が完璧に調和した**『完全体クロノス』**が、一瞬の閃光と共に装着された。今の駆に、もはや「変身の時間」という隙すら存在しない。
「……俺たちのデートを邪魔した罪、高くつくぜ」
時間獣が、周囲の時間を完全停止させる「絶望の波動」を放つ。
だが、駆はその停止した世界の中を、散歩でもするかのように優雅に歩き出した。
『完全体』となったクロノスにとって、静止した時間はもはや障害ですらない。
駆が指先を弾くと、背中の『時空消滅砲』が黄金の輝きを放ち、自動的に敵の急所をロックオンした。
「失せろ。――二度と、俺の女の視界に入るな」
【絶対消去】。
引き金を引いた瞬間、音すら置き去りにした極光が、時間獣をその概念ごと消し飛ばした。
爆発も、断末魔もない。
ただ、そこにあった絶望が、最初から存在しなかったかのように、美しい夕焼けの空へと書き換えられた。
駆は静かにデバイスを操作し、朽ち果てたテラスを「一秒前の姿」へと完璧に復元する。
変身を解いた駆は、乱れたジャケットを払い、少しだけ照れくさそうに席に戻った。
「……待たせたな。冷める前に食えそうだ」
凪は、そのあまりの圧倒的な強さと、自分を想う不器用な優しさに、胸がいっぱいになっていた。
彼女はそっと立ち上がると、駆の横に歩み寄り――。
「え……? 凪……?」
驚く駆の頬に、凪はそっと、熱い唇を寄せた。
「……今の、すごくカッコよかったです。……私の、自慢の旦那様」
凪がいたずらっぽく、でも幸せそうに微笑む。
駆は顔を真っ赤にし、左手で頬を押さえながら、あらぬ方向を向いて呟いた。
「……。……次は、一分で終わらせる。だから、また……やってくれ」
二人の笑い声が、歴史の特等席に響き渡る。
完全体となった時空警察官。彼の真の力は、愛する妻からの「ご褒美」によって、さらに無限へと加速していくのだった。




