未知との遭遇
九百二十五年七月十一日、火星軌道付近
「補給艦、中継基地十五番通過との事です」
艦橋モニターの立体映像に映し出された軍服の男は、そう報告した。
それに対し、青田は返事を返す。
「了解しました」
立体映像から男が消えた。
青田は床から足を離し、靴が作り出す磁気の束縛から解放され、背伸びをしながら言った。
「あと一月位ですかね」
小森は暗闇に浮かぶ、静止している艦隊の艦艇たちを見渡しながら答えた。
「そうだな。順調にいけばな。小惑星基地の建設はどれくらい進んでるんだ?司令官」
青田は軽く笑って答えた。
「ええと、既に二十三個の基地があります。小惑星帯に派遣された工兵たちは良い働きをしていますよ。あと、小惑星帯には多数の、何と言うか、ドーナツのような形の建造物が見つかったらしく、調査中です」
「ほう……」
青田の言葉に、小森は目線を艦隊から離し上を向いた。
迫り出した窓から見上げたところで、そこには無限の暗闇しかない。そもそも、見上げるという行為も、それは地球という大質量が作り出す、他者の主観をも侵す主観――重力という主観あってこそのものだ。
遠心力と太陽の重力の釣り合いによって結果的に発生している無重力の状態において、上下は無い。左右も然り。
自身の体が浮いている事を再確認し、小森はその無重力を噛み締めた。
機動艦隊の艦艇たちは、艦尾のスラスターから微弱な光を放ちながら進んでいる。
流線型且つ鋭利な姿の艦隊たちは、まるで小魚の群れのように、宇宙という海を漂っている。
艦隊の間を小さな球状の小型艇が動き回り、忙しなく物資や人員の運搬を行っている。
旗艦「吾妻」は艦隊の中心で、どことなく凛々しさを漂わせながら、艦隊全体と共に微弱な加速を続けていた。
「吾妻」の艦内の広くとられた運動施設では、軍人たちがタンクトップ姿で、壁を蹴った勢いで飛び交い、ボールを投げ合い、笑い合っていた。
「おい!そっちパス!」
空中を漂う男が、高速で投げられたボールの慣性を全身で受け止めつつキャッチし、自然と少し後退りした。
「おい!パスならもっと優しく投げろよ!」
「隙ありっ」
ボールを持っていた男の頭上から小柄な男が現れると、抱き止められたボールを足で蹴飛ばした。
小柄な男は舌を出して煽り、ボールを持っていた男は笑いながら怒鳴った。
「おい!チビのくせに!」
運動施設は凡そ遊び場の空気感だった。
対して艦橋の中では和やかな声が行き交い、まるで軍事行動中とは思えない柔らかい空気感だった。
その空気を、軍人たちは嗜んでいた。
「おーい、そっちなんか見えるか?星座とか」
「いやー俺、星座わかんねぇんだ」
「僕、何となくわかりますよ」
「おっ、教えてくれよー」
一人の乗組員の元に、複数の乗組員が床を蹴って駆け寄った。
艦艇が形式上取り決めている上下左右の方向に、彼らは磁気靴を頼って従っていた。
その時、もう少し暗ければ、彼らの足元にある白い強烈な閃光の塊は、橙色の波打つ球体に見えていただろう。その波に、次々と一列の穴が開いていく様子も、強烈な閃光に遮られず見えたかもしれない。だが、それが見える頃は、どの道手遅れだ。
機動艦隊の戦闘を行く駆逐艦が、太陽を下として上方向に向け、一人でに赤黒い鮮血を吹き出した。
和やかだった「吾妻」の艦橋内に、警報音が鳴り響く。
「何だって!?」
騒ぎながら、乗組員たちが急いで持ち場に戻った。
「騒ぐな!落ち着け!」
小森のその叫びと少し重なりながら、乗組員が叫んだ。
「『シドニー』大破!」
「高出力γ線検知!重力レンズ効果を踏まえると……火星からです!」
乗組員のその叫びを受け、青田は即座に指示を出した。
「全艦、回避機動を取れ!味方艦との衝突を避け、艦隊総括AIによる操舵に委託!」
真っ先に小森が応えた。
「了解!操舵、艦隊総括AIに委託!」
それに続き、次々と返答が「吾妻」の艦橋内に集まった。
「了解!」
「了解です!」
「了解だ!」
「了解!」
艦艇たちの艦尾スラスターから出ていた微弱な光と置き換わるように、虹の揺らぎが全艦の艦尾スラスターから噴射され始めた。
その時、「吾妻」の目の前の艦が、先程と同様に一人でに血液を吹き出した。
「『信濃』撃沈!」
小森が青田に振り向いて言った。
「許可を求めている時間は無いぞ」
青田は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「……AI、地球への最短経路は」
その問いへの返答として、無機質な声が艦橋内を満たす。
「算出完了。減速し、地球軌道へ入って下さい」
青田は叫んだ。
「全艦、回頭し退却!撤退だ!」
その時、少し離れた位置にある中継基地は、火星の赤茶けた地表から漏斗状の巨大な構造物が露出している様子を見た。




