氷
「国の審査とかも入る予定だから、壊したりはするんじゃないよ」
コンクリート剥き出しの広い空間を歩きながら、田畑は皐月に釘を刺すように言った。
皐月はうなじを手で覆いながら返す。
「壊しませんよ、こないだのことで慣れました」
「こないだのこととは?」
「……レイジヤシマの遺跡に、本人認証式ロックの解除の為連れてかれたんですよ」
「……成程」
灰色のコンクリートでできた神社本殿の中、二人はその最奥に向かい歩き続ける。
入り組んだ構造の中には、それら構造全てを己の手足と言わんばかりの等身大の銅像が、真っ直ぐに立っていた。
その銅像からは、あたかも天使の如き羽が生えていた。重々しい銅の羽を生やす背中は背後のコンクリート壁と融合している。
二人はその銅像を横目に通り過ぎ、真っ暗な細い通路に入った。その通路を一分弱黙々と進み続けると、暗闇の中から小さな煌めきが見えた。
それは南京錠の金属光沢だった。
その南京錠は、通路を塞ぎ止める重々しい黒扉の両側を固く繋ぎ止めている。
「南京錠ですか……古典的ですね」
「これくらいの方が逆に良いのよ」
そう言いながら、田畑は南京錠を手先で弄り始めた。
田畑は続ける。
「ここに、地下のあの扉から出てきた書類が保管してある。電子じゃなかったんだよね」
「へぇ……」
千年前のですら端末のデータだったのに
皐月は脳の内側でそう呟いた。
がちゃりと音が鳴る。
田畑が振り向いた。
「開いたぞ」
そう言いながら、田畑は黒扉を押し開けた。
隙間からダイオードの冷たい白色光が漏れ出る。
扉の先は、大量の手帳のようなものが押し込まれた本棚が並ぶ、一般的な住居の一部屋と同じくらいの広さの密室だった。
「おー、こないだのとはまた違う」
皐月は感心した。
田畑が部屋の入って行き、皐月もそれについて行く。
田畑は付箋のついた一つの手帳を取り出した。
その手帳は年季は入っているものの、年代物の本程度だった。
「問題の記録が、この手帳に入ってる手記だ」
田畑はその手帳をめくりながら説明する。
「暁斗と暁音の出生は大方知ってるだろ?君も」
並ぶ手帳の背を眺めていた皐月が、田畑の方を振り向いて答える。
「えぇ。凍結卵子ですよね、特異体の」
「ご名答……別にクイズじゃないからこの言い方は間違いかもだけどね。暁音と暁斗の元になる卵子が受精させられた原因はまぁ、連邦が諸外国に対する切り札を求めたからだろうね」
皐月は目を伏せた。
田畑は続ける。
「その卵子の母体の手記が見つかったんだ。それ以外にも色々、それら記録はこの倉庫に保管した。その、母体の手記ってのがこれだ」
田畑は手記を見せる為、皐月を手招きした。
皐月は招かれるがまま田畑の元により、手帳を見る。
その目を瞬かせる前に、皐月は引き気味に言った。
「うわ……結構惨いというか、酷いですね」
「早……まぁいつも通りか。皐月君の言う通り、かなり胸糞が悪い内容だ。これを暁斗や暁音に見せるのは酷だろ?」
「まぁ……そうですね。そうだと思います。絶対に見せないで下さい」
そう言いつつ、皐月は手書きの文字を見下ろした。
田畑は言った。
「これで確証が持てる、というか、何の絵かは言うまでもなく分かるパズルの真ん中のピースがやっと見つかった、という感じに近いかな。百年前の東京革命の時に現れた、機動天使と呼ばれたあの十体の特異体も、こいつの卵子から生まれた子であろう」
百年前、虹色の巨大な翼を持った十体の機動歩兵が突如東京に現れ、日本列島の日本連合皇国軍を敗走に追い込んだ。その記録映像を田畑と皐月は薄らと思い出す。
彼らの持つ能力を暁斗や暁音と同じ「虹力子の固形化・結晶化」であるとすれば筋が通るということは、軍関係者にとっては周知の事実だった。
日記の書かれたページはめくるごとに字が乱れて行く。
皐月は眉を顰めた。
田畑は重々しく言った。
「彼女の死因は抗うつ剤の過剰摂取であると、この時代の国営病院のカルテに書いてあったよ」




