日陰
太平洋連邦機動艦隊の大気圏離脱から約一ヶ月後、九百二十五年七月十日
「なぁ皐月、台湾が日帝に攻められてるらしいぜ」
昼休み、暁斗は校内の食堂で皐月の隣に座りながら、携帯端末で立体映像を眺めていた。
「丁度そこら辺にいた軍艦合宿の学生の人達が対応してるって」
皐月は丼に入ったうどんを啜り、飲み込んで言った。
「ほらな、言っただろ?やっぱ俺が合宿辞めさせたのは正解だった。何なら、元から機動艦隊の出張の隙を埋めるための計画だったのかもしれないぞ、ここまでくるとな」
暁斗が疑問の意を込めて口を開いた。
「いや、正当防衛だしさ?そこまで言わなくても」
皐月がそれを即座に切り捨てる。
「その防衛を学生に押し付ける気がなかったら、機動艦隊全出撃とかやらないって」
「それもそっか……」
暁斗は納得したのち、少し大声になった。
「いや、お前それ聞こえたらどうすんだよ!」
「声でかいよ暁斗、聞こえたらどうすんだよ」
「う……」
暁斗は黙った。
暁斗の手元にある携帯端末が投影する立体映像は、黙ったまま様々な情報を映し出していた。
現状では太平洋連邦の支配下にある台湾は、ユーラシア大陸を支配する太平洋連邦との最前線だ。
だが、機動艦隊は来ない。遥か彼方の空にいる援軍を求めるのは無理がある。
すでに百人ほどの少年少女が戦死している。
皐月が丼を食堂の食器回収所まで持って行き、暁斗の隣に戻ってきた。
暁斗が口を開いた。
「俺たちが帰ってなければ、こいつらは死なずに済んだかもしれないんだぜ」
皐月は一瞬の逡巡ののち、反論した。
「その責任は俺たちにはないよ。全部軍の責任だ。子供を人殺しの道具にしてる時点で、もう俺たちがこの国を守る価値はないんだ。自分たちを守る気がない国を、何のために守るよ」
「いや、日帝とア連よりはマシだろ。ア連は警察が腐ってて銃社会の監視社会なんだっけ?日帝は言うまでもなくこう……独裁?だし。ってネットで見たぞ。実質選挙も無いらしい」
暁斗の言葉に、皐月は少し感心した。その後、冗談混じりに吐き捨てた。
「いっそ、財団に行くのがマシなのかもね」
「いや、あそこはバリバリテロリストじゃん、ダメだろ」
――――
皐月と暁斗は、既に後部座席に恵真と暁音が乗っている飛行車に乗り込んだ。
「お、遅かったじゃーん」
暁音のバカにするような言い方に、暁斗は少しムッとしながら返す。
「居残りだったんだよ、課題で」
暁音は目を丸くした。
「え、皐月も?」
「いや、俺はその手伝い」
そのやりとりを聞き、恵真は暁音の隣で、手を少し丸めてその甲で口元を隠しながら笑っていた。
暁斗と皐月が前部座席に乗り込み、扉を閉めた。
飛行車が駐車機から、甲高い噴射音を二対四機の水素ターボファンエンジンで奏でながら離陸した。
飛行車はいつのまにか航空域に達し、東京の方向を向いて降下巡行に入って。
「あー、耳がぁー」
暁音が狼狽える。
「伊勢では大丈夫だったのになー」
恵真が窓の外を眺めながら言った。
「まぁ、軍の最新機器だから気圧とかの機器も高性能だったんでしょうね」
暁斗が席の隙間から後部座席を覗き込んだ。
「ねー、恵真先輩。何でこっちに来ることになったの?」
恵真は一瞬の逡巡ののち答えた。
「あー、えっとね、あっちの学校は軍戦部無くなっちゃったし、だったら転校しようって即決で判断した」
「……なるほど、嫌なこと思い出させちゃいましたかね、ごめん」
暁斗は両手を合わせて頭を下げた。
その様子を前の席の間から見た恵真は、微笑みながら言った。
「いや、別にいいのよ。もうそんな気にしてないの」
「それなら良か……ん?」
暁斗はポケットの中の携帯端末が疼いているのを感じた。
ポケットから携帯端末を取り出すと、立体映像が勝手に灯され、「田畑さん」という文字が投影された。
「田畑さんか……」
暁斗は立体映像を耳で押し潰しながら携帯端末を耳に当てた。携帯端末自体が広がりつつ、暁斗の耳を捕える。同時に携帯端末から湾曲した棒が、暁斗の口の先まで伸びた。
「はい……えっ、まじすか!開いたんすかあの倉庫!……えっ、合宿行ってる間に……何で言ってくれなかったんですか!」




