軌道艦隊
九百二十五年六月十四日の真夜中、太平洋連邦機動艦隊百十七隻は大気圏を乗り越えて、無限に続く真空の世界に入った。
太平洋の中心の空に虹色の海月のような軌跡を残し、機動艦隊は白雪に包まれた青い星に別れを告げた。
その様子を見た連邦国民のネット上での発言は何らかの干渉により、人の目に留まることは無かった。その人の目の代わりとして、政府が作り出したボットの、人形の目には留まった。
太陽から放出される光子は、数多のキノコ雲により巻き上げられた粉塵に遮られ、大地を温めるに至らない。
地球全体の約半分を占める放射能に汚染された地域には、遺伝子操作によりその環境に適応した植物が雪を被りながら、地球に備わっている温室効果を貪り続けている。
平均気温は年に一度のペースで下がり続けている。北極と南極はいかなる戦闘機よりも速い速度で広がり、稀に大地に降る雪は溶けることなく大地に残留し続ける。
最早、全地球が極地のようなものと言ってしまっても過言ではない。
夏が無くなったと世間は言うが、冬以外の季節はあるとは言い難い。
平均して月に一回発生する巨大なキノコ雲の下のみが暖かいが、その暖かさを味わえる人はどこにもいない。
そんな地球の軌道を、太平洋連邦機動艦隊は一日で抜けた。
放課後、航空域を通り東京の神社への帰路の中、飛行車の中、皐月は嘯く。
「そろそろ火星爆発四散してんじゃないかな」
「んな訳ねぇだろ」
隣に座る暁斗は即座に突っ込んだ。
「火星壊したら仕方ねぇじゃんかよ、占領するんじゃねぇの?」
「冗談冗談、できる訳ないでしょ、破壊も占領も」
その皐月の言葉に、暁斗が質問する。
「ん?なんで?」
皐月は答えた。
「八咫烏軍を装ってたあの少数の特殊部隊だけでも地球はボコボコにされてんだぞ?星一つ丸々相手取って、たかだか一艦隊が勝てる訳ないでしょ。偵察だよ偵察。恐らくは威力偵察」
皐月の推論を五割がた聞いていた暁音が、後ろから割り入ってきた。
「なんかこういう、私たちしか知らない大きな秘密があるのってワクワクするよね」
暁音の隣から恵真も割り入ってくる。
「そうかなぁ……怖くない?」
「もー、恵真先輩ビビりだなぁ」
「えー?常識的な方でしょ」
背後から聞こえる声を他所に、暁斗は皐月に耳打ちした。
「結局、俺の最初の推測はあってたってことなのか?」
皐月も口元を暁斗の耳元に寄せて呟く。
「そういうことだ。連邦はもう戦争のことしか考えてない。他の国と同じだよ。じきに憲法も変わると思う、改正ではなく改悪だけどね」
「あと、推測だけど、多分マイクあるよなこの車。監視されてるよな」
暁斗の呟きに、皐月は背もたれに凭れ直して、普通の声の大きさで言った。
「まぁ、俺が乗ってるしね。どこの車にもあるだろうけどさ」
眼下には、圧縮されたような東京市街と、その片隅にある神社が見え始めた。
――――
「火星軌道に入るまで、あと一週間です。そっから大体二ヶ月位ですね、補給線はあるから大丈夫でしょう」
乗組員の男の言葉に、青田は頷いて返事をした。
「はい、了解です。これから頑張りましょうね」
「はい!」
男が艦橋から去っていった。
小森は艦橋の窓から星々を眺めながら言った。
「吾妻……この船の艦長をやるのは六年ぶりだな、懐かしいよ」
「そういえば、あの時の艦長はあなたでしたっけ」
青田の質問に、小森は振り向いて答えた。
「そうだ。あの時は緊張したよ、ほんと。皐月君は覚えていてくれたのかな」




