本人
「なー、あいつ大丈夫かな」
暁斗は食堂でドーナツを食べながら言う。
「絶妙になんか焦ってる感じっていうか、不安な時の感じだったよ皐月」
「ね」
クッキーを食べながら暁音が同意した。
二人の会話に、隣からパンを持った恵真が割って入る。
「そうなの?分かりづらいのね」
「そうかな、表情に出さないだけだと思いますけど」
そう言った暁斗はドーナツを食べ切った。
暁音が突っ込む。
「いや、表情に出さないのが分かり辛いって話だよ」
「そうなんだ」
――――
皐月、青田、小森の三人は、数多並ぶ扉達の内一つの、開き放たれた「rayze 八島」という文字の刻まれた扉の内側に入った。
そこには男が二人、女が一人いた。それぞれ白衣を着ており、見るからに科学者らしかった。
それを横目に、皐月は小森と青田に導かれるままに進む。
彼らが入った空間は、地下とは思えない、あたかも家のような空間だった。
引き出しや箪笥が壁際に立ち並び、部屋は鍵の無い扉で仕切られている。
ベッドのある部屋、キッチンがセットになっているリビング、ボロボロの本が大量に詰まった本棚の壁がある部屋、風呂、脱衣所、洗面台、トイレ。
全ての家具は風化していた。
触れれば崩れてしまうというのは想像に易い。実際に皐月は青田から注意を促された。
白衣の三人と皐月達三人、合計六人は、それら部屋達を通り過ぎる。
その先には、今までの部屋の雰囲気とは見合わぬ厳重な鉄の扉があった。その扉には、タッチパネルらしき黒い板が付いている。
「さて、この扉が開かないと」
皐月が言った。
「力尽くで開けないんですか?カッターとか、システムのハッキングとか」
青田が答える。
「開きはしたんだが、その方法で開けたところで何も意味がないんだ。本人確認ができないって突っぱねられるんだよ。何らかの理由で、この骨董品システムが警戒を強めているのかもしれない。色んなところの史跡が記録の在処をここと示してるもんだから、困ったものでね」
小森が付け足す。
「要するに、開いても中身が見れないって話だ。無理矢理アクセスしようとすれば、データが破損するかもしれないらしい」
恐る恐る、皐月が訊いた。
「……本人確認をしろってことですか」
青田がキッパリと答える。
「そういうことだ。申し訳ないが、頼む」
皐月は、恐る恐る右手でタッチパネルに触れた。
指先が当たっている五つの部分が、同心円状の模様を描く。
そして、扉からノイズ混じりの機械的な声が響いた。
「しも……認証……レイ……ヤ……マ……確認……ロ……解除」
鉄の扉が、がちゃりと音を立てる。
小森がドアノブを倒して扉を押すと、意外にも扉は軽々と開いた。
その扉の向こうは、他の部屋と違って一切の風化なく綺麗なままの空間が広がっていた。
大量に並んだ黒い箱型のコンピューターらしき物や、綺麗な木製の机、少し傷んでいる椅子。
「……以前にも来たことがあるが、何度見てもこれが千年前のものとは思えないな」
小森が感嘆した。皐月は衝撃を受ける。
「これが……千年前……レイジヤシマの」
「そうだ。これはレイジヤシマ達……『英雄』達の記録が残っているとされる部屋だ。技研の皆さん、どうぞ」
青田が振り向き、白衣姿の三人衆を促した。
三人は頷き、部屋の壁に大量に配置されたコンピューターらしき物のうち一つ、「中東方面開放日記」に、慎重に配線を繋いだ。
白衣の一人が叫ぶ。
「データ正常に解析できます!」
「よし」
青田は小さくガッツポーズをした。
白衣の三人は、次々と箱型コンピューターに配線を繋いで行く。それら配線は部屋の外の一メートル立方の箱型端末に集約され、端末の冷却ファンが唸り声を上げる。
白衣の三人衆がデータ収集をする中、皐月、青田、小森の三人は部屋の隅々を眺めていた。
皐月は机の上に置いてあったキーボードに意識を向けた。
「これって動かしていいんですか?」
皐月は机の高さに合わせてしゃがみつつ、小森と青田を見上げて許可を求めた。
小森がその問いをそのまま白衣の三人衆に流す。
「この端末って動かしてもいいんですかね、っていうか動くんですかね」
「あー、動くなら動かして良いっすよ、全然」
白衣の男が、忙しなく配線を繋ぎながら小森に許可を出した。
「だって」
小森はその許可をそのまま皐月に流す。
一巡してきた返答を聞き、皐月は無言でキーボードを叩いた。
皐月はボタン式キーボードに触れるのは初めてだったが、配置は同じだったため操作は容易だった。
キーボードから少し奥にずれた所の上に、立体映像が表示される。
立体映像には複数の正方形とそれの名前を示す文字が映し出される。
戦術ファイル、日記、海外支部、メール、写真など様々な興味を惹かれる情報があったが、皐月は「レイジ・ヤシマ個人記録」という名のつけられた正方形に指で触れた。
その正方形に触れると、立体映像の手前側に大きな白い長方形が表示された。その長方形の中には、たくさんの正方形があった。それら正方形にも名前がつけられていたが、最も左上にあった正方形の名前に皐月は興味を持った。
それは皐月にとっては、怖いもの見たさに近い感覚であった。
レイジ・ヤシマインタビュー記録(インタビュアー:技術部・上原康太)
そう名付けられた正方形を押すと、今まで表示されていた立体映像達が消え、代わりに一人の男が椅子に座っている様子が立体映像に表示された。
その男の顔は、どうしようもない程に皐月と瓜二つだった。違うところと言えば、白髪がない、白斑がない、目の色が澄んだ空色である、そのくらいだった。
皐月は恐れ慄き、後ずさった。予想できていたことではあっても、それでも怖いものは怖い。
皐月の恐怖に追い打ちをかけるように、その男は、皐月と同じ声で語り始めた。




