第二次の前哨
「記録が正しいなら、奴の特異能力は虹力子を別物質に強制的に分子結合させることによる物体のコントロール……要するに、虹力子くっつけて色々やるんだ!限界は未知数、念力以外も色々あると思え!」
二十人の機動歩兵部隊は、陣形を広げた。魚取り網のように広がり、人型に輝く虹の揺らぎを捉えようと試みた。
ゆっくりと広がる遠方の陣形を眺めつつ、皐月は右手をその網の方に掲げる。
虹が手から伸びる。
伸びて行った虹は、縦に連なる二つの大きな長球を虹の点に見える機動歩兵たちが形成する網の方向に向けて形成した。
長球は一つ一つが凡そ人一人分ほどの大きさがある、巨大なものだった。
耳鳴りが辺りに鳴り響く。
皐月から向かって奥側の長球が前から何かをぶつけられたかのように破裂し、手前側の長球が奥に向かって引き伸ばされた。
引き伸ばされた長球は熱線のように真っ直ぐに伸びて行き、虹の柱として機動歩兵の網を貫いた。
風切音と共に、虹の柱の周りの機動歩兵が吹き飛ばされる。
「なっ、何だ!」
吹き飛ばされた機動歩兵が困惑した。
その困惑を遮るように、指示が飛ぶ。
「除霊隊、行け!」
声と共に、整った陣形から四人の機動歩兵が皐月のいる方向へ飛び出した。
否、皐月のいた方向へ飛び出したと言った方が正しいかもしれない。
四人が向かった皐月のいた場所にはすでに皐月はおらず、皐月はすでに陣形の裏を取っていた。
陣形を組んでいた機動歩兵の一人は、困惑する間も悲鳴を上げる間もなく、皐月の放った虹の熱線に頭を撃ち抜かれて死んだ。
「散開!」
陣形が散り散りになりつつ、皐月の十数メートル上空を機動歩兵が飛び交う。
皐月は高速で、佐渡ヶ島から離れる方向に向かって海面スレスレを飛ぶ。
それを、機動歩兵たちは全力で追いかける。
機動歩兵たちの虹のスラスター噴射炎が、流星群の如く夜空を彩る。
前傾姿勢になる皐月の眼下を、流星群を映し出す黒い海面が高速で流れる。
その海面に、不定期に、まるで雷のように虹の熱線が落ちる。
それら熱線は正確に皐月の位置を予測して撃たれるが、皐月は極めて不規則な機動を取り続けるためにそれは当たる気配がない。
虹の水蒸気爆発が皐月の軌跡の周りに多発する。
まるで虹の塊のような皐月は、佐渡ヶ島の戦場が水平線の奥に隠れ始めたことを確認してゆっくりと空中で寝返りを打ち、上を向いた。
皐月の肩から、数え切れないほどの虹の線が放出される。
それらは肩から真っ直ぐに皐月の頭上に伸びたのち、急旋回して皐月の上で飛び交う機動歩兵へと進路をとった。
機動歩兵たちが避けようとした時、その虹の線は虹色の爆発を起こした。
機動歩兵の群れがそれを嫌がるように回避するが、彼らがその虹の爆発の残火を通り過ぎぬ内に、虹に揺らぐ爆炎は青紫の光の塊と化した。
辺はまるで昼間のような明るさになる。
その光は急激に巨大化し、機動歩兵数名を巻き込んだ。
高速移動の慣性に流されながら、ボロボロになった機動歩兵が重力に身を任せ海面に落ちる。
その時、皐月は違和感を覚えた。皐月の脳に流れ込む情報は、虚無から出る熱を示していた。
その時、皐月を包んだ虹の内腹部周辺を包んでいた虹がまるで水溜まりに風を吹きつけたかのように跳ね除けられた。
皐月は咄嗟に腹の上に虹を集め、横に移動し回避機動をとった。
何もなく拒絶虹力を喰らった……透明の、虹力子?
皐月は回避機動の最中、刹那の逡巡をした。
この間の透明人間ほどではないが、厄介
脳内の逡巡をかき乱すように、同じく脳内に危険を示す感覚が走った。
皐月は咄嗟に海に潜る。
大きな虹色の潜水艦に乗るように、皐月は長球状の虹を自身の周りに一瞬にして広げる。その虹の先端で海が割れる。
減速することなく海中を航行しながら、皐月は自身の眼前に広がる虹を透かして海面を見た。
海面は、海面スレスレの夜空を切り裂く青白い熱線を映し出す。
その瞬間、皐月は海から上がり、まるで打ち上げ花火のように急上昇した。
機動歩兵が飛び交う群れの中に突っ込んだ瞬間、皐月は九十度方向転換し、虹の軌跡のみを残しながら機動歩兵たちとすれ違い、離脱する。
が、皐月が離脱した先では虹の雲が二つ、皐月を挟むように配置されていた。
「クソッ」
皐月は舌打ちをしつつ、自身の体の両側面に分厚い虹の膜を展開する。
二つの虹の雲がバチバチと音を立てた直後、辺は突然明るくなった。
二つの雲の間に、青白い光を放つ空間が出来上がる。
その中心からは、細い雷が数多生えている。
そんな空間から、皐月が虹の軌跡のみを残し、足から急降下して行った。
皐月から出る虹の輝きを遥かに凌駕するほどの青白い閃光は何事もなかったかのように消え、辺りは夜に戻った。
海に向けて虹を放出しつつ、皐月は海面に足をつく。
海面は一気に凍てつき、皐月を受け止めた。皐月は足を曲げ、衝撃を緩和する。
そして一気に足を伸ばし、皐月は急激に上方向に加速した。
皐月は夜空に跳ね上がる。
四人の機動歩兵が、その跳ね上がった先で囲むように待ち受ける。
その四人の装甲には、「除霊隊」という文字が刻まれていた。
皐月は跳ね上がった慣性のまま、四人よりさらに上まで飛び上がる。
四人の機動歩兵のど真ん中を通り抜けた虹の軌跡は、青白い爆発を起こした。
四人がそれを避ける。
皐月目掛けて大量に、二本の虹の熱線が継続的に照射される。
皐月は熱線の照射によってできた二つの線を避け続けながら上昇する。
この威力なら避けなくても防げる
そう独白し、皐月は上昇を続けながら足元に虹の膜を形成した。
皐月は回避機動と上昇をやめ、空中で静止して反撃を試みた。
下から四つの点が、虹に揺らぐ噴射炎を煌めかせながら急上昇してくる。
その内の一人は両腕を空に掲げ、虹の熱線を照射し続けていた。
その熱線が、皐月の足元に広がる虹の膜にぶつかる。
熱線は壁に当たったホースの水が如く、散り散りになって四散すると皐月は思っていた。
そんなことはなかった。
照射される熱線は何事もなかったかのように皐月の足元の膜を貫き、虹に包まれた皐月の右脚部に触れた。
すると、皐月の外骨格と風防と油圧筋肉を包む虹が溶けるようにじわじわと消えて行く。
皐月の体の半分ほどから虹が消えた時、皐月は重力に負けた。
その時、皐月の脳内で、警報が感覚的に響いた。
直後、遠くから大量の虹の熱線が飛来した。
それら熱線群を、皐月はなんとか横移動で回避する。
遠方から迫る機動歩兵たちは、皐月には瞬く星のように見えた。
第二波を身構えたその時、その星たちが急に一つ、また一つと消え始めた。
皐月は瞬時に体勢を立て直した。そして色の抜けた皐月の半身が虹を取り戻す。
皐月の下で待ち構えていた四人の機動歩兵は、踵を返して日本海の彼方へ消えていった。
それに続くように、虹の星々も離れて行く。
皐月は呟いた。
「AI、光学通信。指向性は絞らないでいい、拡散させろ」
脳内に、無機質な声が返ってくる。
「了解しました。通信、開きます」
脳内の声を聞き、皐月は口を開いた。
「あー、聞こえるか?聞こえてるだろ、その光学迷彩は一方通行って言ってたからな。今回は助かった、感謝する、透明人間」
そう通信を入れる皐月は、先ほどまで虹の星々が瞬いていた、脳内に映る熱運動サーモグラフィーの赤い靄のような空間を示している方向を向いていた。




