降霊
「日本海側……右方向だな。伊勢は……対空戦闘で足止めか。二十か……やるしか無いかな」
猛烈な速度の中、皐月は少し残念そうに、不安げに呟いた。
崩壊した基地とドーム、爆心地周辺にあったビルの瓦礫の上で、敵の機動戦車は待ち構えている。
暁斗は、皐月に返答した。
「うーん、まぁいざという時は俺らがいるし、他にもみんないるから大丈夫だよ……って綺麗事言いたいところだがな」
暁音もそれに続ける。
「うん、このままじゃ皐月は死ぬよ、私らもね、他のみんなも。死んだら元も子もない。いざという時は、私達がなんとかする。約束ね」
皐月は大きく深呼吸した。
「……ありがとう」
皐月は方向を転換し、右方向へ――日本海側から近寄る二十の機動歩兵の方へ加速して行った。
皐月は佐渡ヶ島空域を出て、日本海空域に入った。
遥か彼方の海上に、数多の虹の星が瞬いている。
それら星の一つ一つに、皐月のヘルメットの内側の立体映像がターゲットスコープを付ける。
一万メートル、十キロ、残り四十秒……今のうちだな
皐月は独白し、体を起こして減速した。
皐月は腰につけたスラスターで、滞空する。
虹が海面に映る。
皐月は呟いた。
「人工脳、脳波逆流をさせろ」
「猛烈な頭痛、高確率で気絶しますが、宜しいですか?」
無機質な声に答える。
「ああ。大丈夫なことは立証済みだ。モニター情報と立体映像は切ってくれ」
「了解しました。これより人工脳の脳波逆流を開始します」
無機質な声と共に、一瞬だけ皐月の頭の奥に耳鳴りがなった。
皐月はおもむろに瞼をおろす。
耳鳴りが止んだ瞬間、皐月の脳に大量の情報が溢れ出す。瞼の内側にターゲットスコープ付きの映像が映り、その映像にサーモグラフィーも重なる。それらの映像は眼前の光景だけでなく、背後の佐渡の戦場、頭上の曇り夜空、足元の真っ黒な海面、左右に広がる虚無の暗闇、視線の通りうる全てが瞼の裏側に映っていた。
皐月は目を開ける。
灰被りの瑠璃の如き目の中心にある瞳孔はまるで点の如く収縮していた。
「AI、投射する虹力子を人工脳のから俺のに変更、誘導弾とかもそれにしてくれ」
「了解しました」
脳内に無機質な声が響く。
皐月のスラスターから噴射されていた虹がぴたりと止む。
皐月の体が虹色に発光する。闇夜の中、外骨格装甲を纏った少年はさらに上から虹を纏った。
「AI、装甲とスラスター、あと安定翼をパージだ。念の為最低限の風防は残してくれ」
「了解しました」
皐月の、頭のてっぺんから爪先までの装甲の内側から、加圧ガスの白い小爆発が起こる。
それにより剥がれた装甲が、まるで無重力のようにふわりと浮く。
装甲を捕えていた虹色の宇宙は、それらを手放した。
装甲板たちが、突然重力を思い出したようにして真っ黒な海面に落ちる。
骸骨を思わせる、皐月の体に沿って張り付いた外骨格。外骨格同士の間を薄い肉のように繋ぐ風防や油圧筋肉。そして配線が剥き出しの弱々しい、カメラアイ付きのフルフェイス密閉式ヘルメット。それらが虹色に揺らぎ、煌めく。
皐月は何かを噴射するわけでも、翼をはためかせるわけでもなく、全身を包んだ虹の中で静止していた。
彼の足元に、虹の霜がゆっくりと降りて行く。
日本海から皐月に迫る機動歩兵の集団のうち一人が叫んだ。
「虹力子の念力……奴だ!再臨英雄兵だ!気を抜けば死ぬぞ!」
その声に、他の機動歩兵が応える。
「了解!天皇陛下、万歳!」
「天皇陛下、万歳!」
「天皇陛下、万歳!」
彼らはそう叫びながら、彩り豊かに煌めく砲口を、人型の虹に向けた。
虹に身を包みながら、数多の情報が流れ込む脳の奥の心で、皐月は呟いた。
やるしかない




