翌朝
「いやぁ、昨日は楽しかったでねー」
暁音は嬉しそうに、パンケーキを頬張りながら言った。
その暁音に、空の食器をトレーに集めながら皐月が言う。
「そのパンケーキ気に入ったんだな」
「あー、なんか絶妙にこれ好きなの」
そう言った暁音に、暁斗が訊く。
「そんなの食っても腹満たされなくね?」
「分かってないなお兄ちゃん、朝ごはんはお腹を満たすんじゃなくてお腹をゆっくり起こすものなんだよ」
暁音の説明を、暁斗は理解していない。
その様子を見て、皐月が言った。
「どうやら、食いしん坊さんにはわからないようだよ」
「それを言ったら私も割と食いしん坊なんだけど」
暁音の声を聞き流しながら、皐月はトレーを持って行った。
ふと、食堂に設置された大型テレビに映ったニュースを見る。
そのニュースは、ア連の北極領土が全て日本の手に落ちたことを伝えていた。
連邦じゃなくて良かったな、ほんと
皐月はそう独白した。
食器を片付けた皐月は自室に戻り、歯を磨いて艦橋に向かった。
艦橋には、相変わらず石井と雨宮がいた。
「何してんの?」
「殲滅」
皐月の質問に、石井は一単語で答えた。
「私は破滅してます」
雨宮が付け足すように言った。
そんな二人を見て、皐月は興味が湧いたのか椅子を二人のいる机の横につけた。
「ちょっと観戦してても良いかな」
皐月の要望を聞き、石井は雨宮に質問する。
「凛、フルボッコにされるとこ見られても良い?」
「何言ってんですか、勝ちますよ」
わざとらしく得意げな顔で言った彼女を見て、石井は皐月に伝える。
「良いって」
「じゃあ見とくわ」
それからしばらく、皐月は石井による雨宮の包囲殲滅の成り行きを見ることになった。
卓上の立体映像に映された包囲殲滅と共に、艦橋モニター上にも殲滅の様子が映る。
日本艦隊は、ア連軍を一方的に殲滅していた。
ア連北極領土の基地は悉く壊滅、アラスカには既に上陸部隊が上陸を果たしていた。
――――
「純粋水爆、投下」
司令官の声が通信に響いた直後、アラスカ半島フェアバンクス市にキノコ雲が形成された。
悲鳴が上がるまでもなく、その小太陽に飲み込まれた少年少女、老若男女、動物、建物、それら物質の悉くが刹那の内、原子に回帰した。
キノコ雲、そして元からあった曇り空の遥か上空の大艦隊はその様子を見下ろしている。
「アラスカはこれで降伏してくれるだろうか」
「えぇ、おそらく。奴らもテロリスト対策に専念していたため、抵抗はできないでしょう。我らは囮にしては既に大戦果ですよ」
「それはそうだな。今まで市民を殺さないことに拘っていて正解だったな……来るぞ」
乗員と話していた司令官は、ふとモニターに映る上空を見上げた。
同時に、警報と怒号が管内に響く。
「上空、真上より、高熱原体接近!鏡張りの船……天照です!」
「足止めさせてもらおうか、財団。機動歩兵、戦闘機を全て発艦!全艦、対空対艦戦闘開始!」
大艦隊のうち幾つかの艦から小さな虹の点が、数多射出された。
同時に、大艦隊は一斉に向けられる主砲を全て真上に向けた。
「一斉射!」
司令官の指示に応じ、各艦の艦長が指示を飛ばす。
「撃ち方始め!」
「うちーかたー始め!」
虹に揺らぐ熱線の群れが、上空で炎を纏う鏡へと向かう。
それらの熱線たちは、悉く鏡の手前で弾き飛ばされた。
炎がゆっくりと引いた。
「来るぞ!」
司令官の声と共に、艦長たちは新たな指示を飛ばす。
「火力、全て対空に!」
「対空警戒!」
「対空砲展開!」
大艦隊の艦艇たちは、一斉に船体から対空砲を露出させる。
真下から真っ直ぐに艦隊の方を向いている鏡張りの船の側面から、虹に揺らぐ閃光が発射された。
「映像解析!」
司令官の指示と共に、艦橋モニターに白い機動歩兵が映る。
「翼のない白色の……機動歩兵、行け!戦闘機は敵母艦の方へ!」
日本艦隊の機動歩兵たちが一斉に閃光へ向け突撃する。
急上昇する虹の点の群れは、徐々に、かつ急速に閃光と接近する。
そして、虹の閃光は白い風を纏いながら素通りして行った。
「白い死神が……!」
「まずい」
機動歩兵が悲鳴混じりの声を上げる。
そんな中、一人の日本軍機動歩兵は既に急降下をして虹に揺らぐ閃光を追跡していた。
その機動歩兵もまた白い風を纏い、高速で閃光を追跡する。
安定翼から伸びる白い筋が真っ直ぐに日本軍の機動歩兵を追う。
駆逐艦の主砲が、閃光の方を向いた。
来るか
颯は脳内で呟き、自信を虹の膜で包みつつ、腰についたスラスターを前、次に右に噴かした。
虹に揺らぐ噴射炎が振り回される。
スラスターの閃光に紛れていた白い外骨格装甲が、スラスター噴射出力を下げたことにより顕になった。
白い外骨格装甲は高速で横移動した。
虹に揺らぐ熱線がその噴射炎の残滓を吹き飛ばす。
「屑どもが、よくもそんな堂々と……」
白い死神という外骨格装甲の中、颯は呟いた。
慣性のまま左に高速移動しながら。撃ってきた駆逐艦に、ヘルメット内の立体映像はターゲットスコープ状のマーキングを施した。
その時、颯は後ろから煩い警報音を聞き取った。
「なっ」
颯が急いで振り向くと、後ろから虹の膜を展開しながら高速で接近する機動歩兵が両腕の投射砲を構えている様子がカメラ越しに目に入った。
颯は腰回りの四つのスラスターを真上に向け、虹の揺らぎを大量に噴射し急降下する。
その動きに、日本軍の機動歩兵は対応した。
両腕を素早く下に向け、虹の熱線を二本同時に放った。
颯は咄嗟にスラスターの向きを変え、横向きに虹の揺らぎを噴射した。
虹の熱線は、颯のすぐ真横で爆発した。
近接、いや、時限か?こいつ……
颯はその爆発を見て一瞬感心した。
その爆発の中から、日本軍の機動歩兵が出てきた。
「速っ」
颯は一人呟いた。
日本軍の機動歩兵は熱線を両手で交互に撃ちながら接近し、颯はそれを軽やかに躱しながら艦隊に向かう。
颯は艦隊ではなくその機動歩兵を見つめ続けていた。
気を逸らしたら負けかねない……相手はエースだ
そう思うと、艦隊に注意を向けている場合ではない。颯にとっての優先順位は、目標の艦隊よりも眼前の敵エースが上だった。
颯は両手の投射砲を構え、攻撃のタイミングを探る。
そうしている間にも、その機動歩兵は虹に揺らぐ熱線を次々に撃ってくる。
それらを回避しながら、颯は両腕についた投射砲の砲口を機動歩兵に向ける。
回避を続けながら、タイミングを待つ。
虹に揺らぐ熱線は顔の横を通り過ぎ、体の横を通り過ぎて、頭上を通り過ぎ、爪先の先を通り過ぎる。
回避
回避
回避
「今」
颯はそう呟くと同時に、両手から虹に揺らぐ熱線を発射した。
熱線は瞬く間に機動歩兵に到達する。
その機動歩兵はギリギリで回避し損ねた。
虹の膜は弾き飛ぶように貫かれ、片側の安定翼が焼き切られた。
その機動歩兵は急降下して行く。
機動歩兵は安定性を失い、ロールしながら振り向いて背中の翼を見た。
もげた翼を見た機動歩兵は即座に両翼をパージした。
圧縮ガスの小爆発と共に、四枚の翼が抜け落ちる。
颯は追撃の為、その機動歩兵の元へ急降下して行く。
颯が投射砲を構えたその時、その機動歩兵の肩から数多の虹の線が放出されたのを見た。
近接誘導弾……多いな
虹の線たちは肩から伸びた直後、伸びるのをぴたりとやめた。
颯から見れば、そう見える。
進行方向を急速に変えて颯に向かっているのだ。
颯はその虹の線たちをマークした立体映像の数字を見つめた。
300メートル、200、100、50、今!
颯はスラスターを足元に向け、虹の揺らぎを大量に、且つ一瞬で噴射した。
颯の急加速に追いつくべく、虹の線たちはまた急旋回した。
虹の線たちはそれぞれ少しづつ違う軌道で颯を追いかける。
颯は細かく軌道変更を続けるが、虹の線たちはそれに食らいついてくる。
その時、颯の真下約百メートルの位置に滑り込んだ機動歩兵が両腕の投射砲から虹に揺らぐ熱線を放った。
颯は焦ってそれを間一髪で避けたが、虹の線たちがもう眼前まで迫っている。
颯は小さく舌打ちをし、スラスターを上向きに噴かして急降下した。
その時、虹の線たちはまるで花が開くように放射状に拡散した。
下向きに広がった虹の花弁の一片が、颯の懐で爆発した。
颯はそこに虹の膜を集めたことで何とか防いだ。
膜に触れた虹の爆風が跳ね飛ばされる。
颯は慣性と重力に身を任せ急降下して行く。
颯の真下にいる機動歩兵は、両腕の投射砲の先端から毛羽立つ筆のように虹を放出し始めた。
その様子を、颯のヘルメット内立体映像はズームアップした。
投射槍……やる気か
真下の機動歩兵を見ながらそう独白し、颯は同じように両腕の投射砲から乱れた虹を放出し始める。
翼無しでよくそこまで動けるな。お互い様か
颯は感心した。
二人は急速に接近する。
二人の投射砲から放出されている乱れた虹が、短い一本の筋に収束する。
颯は左腕を右肩の上に構えつつ、右腕で突きの構えを取る。
日本軍の機動歩兵は腕を低い位置で組むようにして空中で静止し、構える。
三百メートル、二百メートル、
互いに強い耳鳴りを認識しあったその時、体勢を変えぬまま颯の肩から大量の虹の線が放出された。
虹の線たちは日本軍の機動歩兵を包むように広がり、その視界を包んだ。
機動歩兵は逃げるように下降する。
軌道を揺らしつつ、接近してきた虹の線を同じく虹の線で撃ち落とし投射槍で切り裂く。
虹の小爆発が辺りで多発している。
その小爆発は、伝播するように機動歩兵を追いかける。
虹に揺らぐ軌跡に沿って、虹の線が伸び続ける。
小爆発の頻度は徐々に上昇し、やがて機動歩兵の視界を塞いだ。
その爆発から、白い足が出てくる。
その足は機動歩兵の胸を蹴飛ばした。
体勢を崩しながら、機動歩兵は足の方に虹の熱線を放つ。
が、熱線は虹の爆炎を吹き飛ばしたのみだった。
機動歩兵は振り向く。
が、遅い。
その機動歩兵は、虹の膜ごと胴で真っ二つに切り裂かれた。
機動歩兵の背後で、真っ白な装甲に鮮血が付着した。
颯の右腕から伸びる細い虹は、緩やかに消えていった。
真っ二つになった機動歩兵は、眼科の地獄へ落ちていく。
「ふぅ……皆、行っていいぞ!」
颯は遥か頭上で静止した天照の方を見て言った。
天照の鏡の如き船体から虹の点が大量に放出される。
「行くぞ、皆んな!」
素晴の声に続き、勇ましい声たちが通信に響く。
「応!」
「っしゃあ!」
「行くぞ!」
「うぉぉ!」
天照から発艦した機動歩兵たちは皆、細長い大砲を背中に携えている。
安定翼を広げながら急降下して行く彼らは、それぞれに敵艦を捉えていた。
そんな彼らを、日本軍の機動歩兵たちは追う。
追ってくる機動歩兵たちは、虹の線と虹に揺らぐ熱線を乱射した。
だが財団の機動歩兵たちは、線の悉くを撃ち落とし、熱線を軽々と回避した。
追う日本軍機動歩兵たちと、そんなものは意にも介さず艦隊を狙う財団機動歩兵たち。
二つの集団が追いかけっこをする中、白い死神は横から割り込んだ。
颯の目に、複数のターゲットスコープが映る。
颯の肩から虹の線たちが放たれた。
その線たちは方向を変えつつ、それぞれ別の日本軍機動歩兵を高速で追う。
そして、空には同時に多数の虹の爆発が巻き起こった。
機動歩兵の死体が数多、地獄の地上へと落ちて行く。
財団の機動歩兵たちは見向きもせず、艦隊へ突入する。
それに対抗しようと、艦隊は対空網と防壁を強化した。
虹の膜と対空射撃の熱線照射が空を彩る。
空に虹が掛かる。
財団の機動歩兵たちは全員で一艦一艦にたかるようにしながら、細長い大砲から実弾を撃ち込むという作業を繰り返す。
虹の膜を軽々と貫き、対空攻撃の悉くを躱し続ける彼らの手で、日本軍の艦艇は次々と撃沈してゆく。
それでも、日本軍艦艇はまだまだ残存している。
「颯さんのようには行かないか……」
砲弾を放ちながら、素晴は噛み締めるように呟いた。
艦艇たちが鮮血を吹き出しながら次々と撃沈してゆく。
その時、天照には通信が入った。
日本軍別働隊、カナダ北方より上陸を開始




