夜間演習
「今からゲリラ訓練戦闘するよ〜」
小森の声が艦全体に響く。
「ハァ?」
皿を片付けて終わったばかりの暁斗は驚愕した。
「飯食ったばっかだろ!」
暁斗と同じように、食堂もざわつき始めた。
異様なのは暁音だった。
「いえーい!テンション上がって来たぁ!」
「なんでだよ……」
皐月は困惑した。
「いやぁ、私暗いとこの戦闘好きなのよね」
「それは知ってるけどさ」
「じゃぁテンション上がってもおかしいとこ無いじゃん」
「いや、普通ゆっくりしたい時に急にやらないといけないこと発生したら困るもんだよ」
「それは、『やりたく無いこと』なんだよ皐月くぅん」
暁音は人差し指を立て、得意げに言った。
「相変わらず元気だな……」
皐月は苦笑いした。
第一艦橋後部の甲板上に、五人の機動歩兵が立ち並ぶ。
各々が自らの腕についた投射砲を眺めたり、関節を動かして動作確認をする中、橘はしゃがみ込んで、自分の細長い狙撃砲を念入りにチェックしていた。
六つのカメラがついたヘルメットの内側に、雨宮の声が響く。
「航空機部門、発進お願いします」
航空機部門生の声が続く。
「高松、行くよ!」
「風間行きまーす」
「秋田、しゅっぱーつ!」
機動歩兵達の背後から蒸気の強烈な噴射音が聞こえた後、その音は耳鳴りのような虹力音へと変わった。
艦後部多重飛行甲板カタパルトから発進した三機のウェリントン三型が、虹に揺らぐ軌跡を彗星の如く夜空に描きながら、前方方向に加速すると同時に緩やかに上昇した。
ソニックブームが海面を叩き、爆発のような音が佐渡沖の日本海に響き渡る。
「続いて機動歩兵部門、発進お願いします」
橘、水野、皐月はそれぞれ同時に四枚の安定翼を暁斗は虹色のトンボ羽、暁音は虹色の隼の羽を広げ、虹の揺らぎを甲板に叩きつけながら急上昇する。
伊勢の全体が視界に収まる程の高度を取った後、五人同時に方向を切り替え、前進を始めた。
翼端渦を虹の揺らぎが照らす。高速で伸びて行く虹の軌跡と白い空気の筋は、真っ暗な夜空に光をもたらした。
雨宮が通信を入れる。
「航空機部門、戦闘区域侵入。仮想戦闘、開始します」
ヘルメットの内側に映った現実を、仮想の空間が上塗りした。
遠くで虹に揺らぐ小爆発が数多、点滅している
雨宮が通信を入れる。
「敵内訳、戦闘機3、機動歩兵3」
「数的有利だ、負けるなよ」
石井が付け足した。
暁斗がヘルメットの中で、笑みを浮かべながら応答する。
「数的有利好きですね石井先輩は」
「当たり前だろ、戦術の基本は戦略、戦略の――」
石井が言おうとした時、雨宮がそれを遮った。
「長くなるので一旦静かにねー」
一連の流れにか、それとも別のことか、秋田の狂ったような笑い声が通信に響く
「イヤッホーイ!」
「おまっ……船のスレスレでクルビットする馬鹿があるか!」
秋田の狂気的な声と、彼を制止する高松の声が続けて通信に入る。
「相変わらずだな」
皐月が言った。
「あっちも楽しそうだね」
暁音が言った。
「こっちもそろそろ来るぞ、機動歩兵が二人、距離500、余裕で射程圏内!」
橘がそう言って、肩に乗せた狙撃砲を構える。
「さて、撃」
「撃破されました」
無機質な声が、橘のヘルメットの内側に響いた。
「は?」
橘は困惑した。
「嘘だろ?」
「何が……」
「怖っ」
「ひええ」
皆口々に驚愕する。
驚愕しながらも、皐月の頭上で暁斗と暁音は同時に飛来していた二人の機動歩兵を仮想の熱戦で貫き、仕留めた。
「雨宮、各種レーダーは」
皐月が低空で滞空しながら急いで訊く。
「妨害電波が…ニュートリノレーダー、通常レーダー共に妨害入ってます。光学レーダーにも何も映らない。強いていうならば、今落とした二人ともう一人分のぼんやりとした熱運動反応があります」
「そのデータをこっちに反映してくれ」
「役に立つようなものではないかと」
「いいから」
「はい」
皐月のヘルメット内の立体映像に、サーモグラフィーの緋色の煙幕が表示される。
「光学迷彩でも分子撹乱はできない……ただの光学迷彩じゃないな。みんな、警戒しろ!」
皐月が呼びかけた瞬間、皐月の背後を高速で、耳鳴りの発生源が通り過ぎたような感覚があった。
虹力音!
振り返っても、何も見えない。
皐月はその事実を受け、透明の何かは特異体と断定した。
「暁音!暁斗!来るぞ!」
そう言った時にはもう、二人は撃破判定を喰らっていた。
皐月は二人の方に急加速していたが、間に合わなかただけでなく、近くにいるはずのソレを見つけることもできなかった。
暁斗と暁音は通信を切断され、海面にゆっくりと降下する。
慣性で上昇しながら皐月は小さく舌打ちをした。
どこにいる……透明人間め
独白と共に、皐月がスラスターを下に噴かして滞空しながら意識を立体サーモグラフィーの緋色に集めて目を凝らした。その間に、水野も撃破された。
皐月は眉を顰める。
ダメだな……熱運動サーモじゃ精度がダメだ
皐月はヘルメットを開けると決めた。
立体映像が引いて行き、六つのカメラのついたヘルメットの先端が裂かれるように開く。その様子はまるで、化け物が異物を吐き出すようだった。
ヘルメットの中から現れた白斑まみれの顔が、耳より前側のみ顕になる。そして白髪の束混じりの髪は海風に当てられて激しく揺れ、靡く。
灰被りの瑠璃の如き眼を大きく見開き、皐月は意識を耳鳴り、即ち虹力音の鳴る方向に集中させようとする。
が、
こいつ……周りに虹力子を散布してる
その方向などなく、皐月は耳鳴りに取り囲まれていた。
そりゃこっちが詰むまで撃ってはこないよな……警告が鳴った時点でバレるもんな。でも――
レーダーはジャミングされても、皐月の目はジャミングされていなかった。
皐月の目は静かに、かつ高速で右方向を向いた。
そこっ
小さく息を呑んだ。
皐月は両肩の姿勢制御スラスターから虹の揺らぎを短く噴射し、体を捻るのに合わせて、外骨格装甲に包まれた手のひらから虹の揺らぎを若干の指向性を持たせて放射した。
放射された虹の中に、虹に揺らぐ人型が浮き上がる。
その人型を包む虹は剥げ、黒っぽい外骨格装甲の機動歩兵が顕になった。
その機動歩兵は外骨格装甲を虹の揺らぎで包もうとした。
虹と透明のグラデーションが徐々に外骨格装甲を侵食する。
皐月はそれを良しとしない。
手のひらに虹の揺らぎを帯びさせながら、高速でその機動歩兵の方向に加速し、虹色に輝く装甲付きの手のひらを透明になっていない装甲の腹に添えた。
皐月の白黒の髪が激しく靡く。
皐月の手のひらの虹は触れた機動歩兵の装甲を高速で伝い、透明な虹の膜を吹き飛ばした。
次に皐月は自身の体から周囲の空間に向け、勢いよく虹を放出した。
周囲に霧散していた透明の霧が虹になって弾け飛ぶ。
夜空に虹の球が出来上がった。
その中心にいる皐月と、透明でなくなった透明人間は、もう既に勝負がついていた。
皐月は、透明人間の腹に手を添えたまま仮想の投射槍で腹を貫いていた。
皐月は手を離し、腕に携えた投射砲は自動で折りたたまれた。
開いたヘルメットの中から皐月は訊いた。
「特異体ですよね。光の屈折か何かですか?」
透明人間もヘルメットを開け、答える。
「えぇ、そんなところよ。あんた、相当目が良いのね」
「まぁ」




