仮面
「えぇ……」
「ちょっとまずいわねこれ」
ア連・アルバート基地の衛星立体画像を艦橋モニターで眺めるのは、結衣と颯。
「あいつら、虹力子兵器以外でここまでできるなんて、こりゃあ怖えぜ」
「虹力子兵器並みの威力を反物質で出すなんてね」
空中で浮かぶ二人は、互い違いの上下軸のままモニターの情報について会話を交わしている。
颯が質問する。
「核パルスであの、スラの先とんがってるやつ……」
「エアロスパイク?」
「そうそれ。虹力子みたいな膜みたいなの作れないから直に圧力来るんじゃん?あれ大丈夫なの?」
颯の質問に、結衣は眼鏡の位置を手で少し調整した後に答えた。
「いや、エアロスパイク構造で大変なのは圧力より冷却。膜あったって大して圧力は変わらないけど、かかる熱はかなり減るのよ。だから今の一般的な虹力子エンジン……拒絶式二重虹力子噴射器は膜貼ってるの。でもそれは虹力子の性質であって、核パルスにおいてそんなのかなり難しい。だから相当な冷却性能よアレ」
颯はその話を聞き、無関心そうにあくびをした。
「ふーん、わかんね」
「あんたが聞いたんでしょうが」
結衣は表情に怒りを誇示する。
だが直後彼女は別のことを思い出し、その突発的かつ風味程度の怒りを忘れる。
「そうだ颯、もうあの携帯レールガン量産できるようになったのよ!」
「マジ?やるじゃないですか結衣さぁん」
「なんで上からなのよ年下の癖に」
結衣はまた風味程度の怒りを思い出す。
そんな結衣を見て颯はにやけながら揶揄う。
「なんで自分が上だと思ってるんだ?後輩のくせに」
間髪入れずに結衣は舌打ちをした。
後ろから別の声がした。
「颯先輩、見て下さいこれ!」
磁気靴で床を走ってきた素晴が、真っ黒な擬似皮膚に手足の末端から首までの全身を包んだまま、携帯端末の立体映像を颯に見せつける。
その映像には、財団の機動歩兵たちが整列して携帯レールガンを斉射している様子が映る。
「おー、もうこんな数あるんだ、すげぇな」
そこに、結衣が割り込む。
「ちょっと、まず見せるべきは開発者の私でしょ?なんでコイツが先なのよ」
「ああ、神原先輩、いたんですか」
素晴は平然と言う。
そんな素晴に、結衣は眉を痙攣させて袖を捲る
「ねぇ颯、コイツちょっとしばいていい?」
「返り討ちにされたいなら」
颯は半目で言い、結衣は舌打ちをする。
「ま、これで狂信者テロリスト共は一網打尽って訳だ!」
そう言いながら颯は空中で四肢を大の字に広げた。
そんな颯の頭を押さえて、結衣は床に磁気靴の底をつけた。
そして頭上の颯に言った。
「もう失敗してんだけどね」
――――
同刻、伊勢が航行する日本海は、夜の闇に包まれていた。
艦の外側にせり出したベランダでは、青田が吐き捨てた煙が電子タバコのボタンの青い光に照らされ、青い雲を成している。
ニコチンの一時的な快楽でも払い切れない心にかかる圧力を、青田は足伝いに床にぶつけた。
床が青田の代弁をするように、無機質な悲鳴を上げる。
裏腹に、三灯の三人は相変わらずゲームを続けていた。
「また負けたぁ!うわ゙ぁ゙!」
「うるせぇ、夜だぞ。よくわかんない声出すな」
暁音が悲鳴と雄叫びの狭間の声を上げ、皐月が注意する。
暁斗がベッドに落ちるように寝転び、呟く。
「さっき一回勝ったのになぁ」
「俺の反射神経を舐めるなよ」
皐月が得意げに微笑む。
「そろそろご飯食べようよ。お腹空いた」
「右に同じ」
暁斗が皐月を挟んで右側にいる暁音を指差す。
「左に同じ」
皐月が自分の左で寝転んだ暁斗を指差す。
「じゃあ食堂行きましょう!おー!」
暁音が腕を突き上げて叫びながら、洗面所に自前の櫛を持って髪を整えに行く。
「多分だけどその『おー!』ってやつ、自己完結させるの間違いだと思うよ」
皐月は自分と暁斗の二人分の、抜け殻のような擬似皮膚全身服を、白斑まみれの裸足で部屋の隅に蹴り飛ばす。
暁斗は寝返りを何度か打ってベットから落ち、痛そうに腕を抑えながら言う。
「いてて……やりやがったなこのベッド」
「理不尽だな、ベッドが可哀想だろ」
そう言って皐月はベッドに憐れみの目を向けた。
尚、皐月の表情筋と声帯は別個体かと思えるほど声は憐れみを微塵たりとも感じさせなかった。
「無機物に同情するなよ」
暁斗が皐月の視線に割り込みながら言った。
「有機物なんだな、これが。故に同情するべき」
暁斗を避けるようにして体を斜めらせながら皐月が言った。
「ちょっと意味がわからないな」
「大丈夫、俺にも分からない」
洗面台に向かう暁斗に、すれ違いざまに擁護の言葉を皐月は言った。
暁斗は洗面所に入り、鏡の方に乗り出しながら前髪を櫛でこれでもかと梳かし続ける暁音の肩を叩き、声をかける。
「暁音、もうちょっと奥いって」
「あいよ」
暁音が移動したことによって発生した空間に暁斗は入り、鏡を見ながら自身の髪を指で弾くように整える。
皐月は三人分の携帯端末を雑に重ねて下駄箱の上に置き、軽い上着を羽織る。
丁度その時、暁斗と暁音が洗面所から出てくる。
暁斗は皐月から渡された上着を手に取る。
「お、ありがと」
そう言いながら暁斗は上着を羽織る。
ファスナーの先が暁音の顎に当たった。
「んが……謝れゴラおい」
「お赦しを」
「許す」
一瞬の間に起きた罪と赦しの応酬の間に、暁音は髪をヘアゴムで括り切った。
「ほい、これ暁音の」
「お、ナイスだぜ皐月」
暁音のパーカーを皐月は渡し、受け取った暁音は皐月にウインクをしながらサムズアップした手を見せつけた。
先に靴を履いていた皐月がドアを開け、そのドアを足で留める。
後の2人が携帯端末を取って部屋から出たのを確認した後、皐月はドアを閉め、ドアノブに携帯端末を掲げた。
ドアが金属音を鳴らし、鍵が閉まる。
三人は部屋に背を向け、食堂の方に歩き始める。
「今日は何食べよっかな〜」
暁音が上機嫌そうに言っていると、廊下の曲がり角から青田が現れた。
暁斗と皐月は眉を顰め、暁音は軽く驚く。
青田が笑顔を見せて、三人に話しかけた。
「これからご飯かい?」
「そうです!副長さんは何か食べたんですか?」
暁音が上機嫌そうに話す。
「いや、まだだ。今日は栄養食で済ませる予定だよ。じゃあ、またね」
「はーい」
暁音が振る手を振り返ることなく、青田は奥へ歩いて行った。
暁音が不安そうに言う。
「なんか……元気なさそうだったね」
暁斗が同意する。
「な。なんだろうな」
青田を心配する二人をよそに、皐月の心の中では別の心配があった。




