軌道
「チッ」
結局大統領の挨拶以外ただの歴史解説じゃねぇかよ
再生速度:2倍、と書かれた立体映像ボタンを押し再生速度を戻した後、皐月は開いていたタブを消した。
骨伝導イヤホンを取り、ベンチコートのポケットに戻す。
同時に、携帯も反対側のポケットに入れた。
すると、突然甲板上の少年少女たちが一斉に大声を出した。
「あー、落ちちゃった!」
「やっべ、ミスった」
暁斗が真っ青になって焦っている。
「やりやがったな暁斗」
風間が暁斗を睨む。
それに合わせて、航空機部門の他二人も睨む。
暁斗は逃げるように皐月の方に駆け寄った。
「皐月お願い、取ってきて」
「はぁ?固形化で取れよ」
皐月は呆れる。
暁斗は微笑する。
そして、皐月の耳元で囁く。
「取ってきてくれたら、奢り、なかったことにするんで」
「……っし行くか」
「よっしゃ」
暁斗はガッツポーズをする。
皐月はベンチコートと靴を脱ぎ暁斗に投げつけ、擬似皮膚に包まれた真っ黒な足でぴょんぴょんと跳ねた後歩き出した。
「で、ボールどこ?」
「えっと、艦橋の反対側だけど……私取ろうか?」
皐月の質問に、暁音は困惑混じりの返答をした。
その返答に、皐月は軽く返答する。
「いや、気にするな」
そう言いながら皐月は暁音が指を刺した方向に走って行き、柵を飛び越える。
飛び越えた先ではすでに甲板が途切れている。
船体側面の斜面を、しゃがみ込むようにして滑り落ちる。
皐月は久々に、生身で空を切る感覚を思い出した。
その感覚に浸る間もなく皐月には、整備の為展開された対空砲が急速に、相対的に接近してきていた。
皐月は腰を起こし、足を一気に伸ばしてジャンプした。
それだけでは到底対空砲を回避するのには足りない。
彼の足が、一瞬虹色に光った。
皐月は宙返りしながら急加速し、余裕を持って対空砲を眺めた。
その対空砲には、虹の残滓がかかっている。
「えっ」
「今何した?」
「いや、わからん」
「スラスターも拒絶虹力も無しに虹力子を噴射したんだ、多分」
「すご」
「バケモンじゃん」
甲板上から眺める少年少女は口々に考察した。
だが、暁斗と暁音はどこか誇らしげに微笑んでいるだけだった。
皐月は白髪混じりの髪をはためかせながら、水面に向かって重力加速して行く。
灰被りの瑠璃の如き眼は真っ青な海に浮かぶ黄色と青の球体を捉え切った。
水面が迫るにつれ、小さな波やそれに伴う水の粒がはっきりと目に映るようになる。
それらはどんどんと、皐月の視界の中で拡大される。
皐月は着水に備えて、大きく息を吸った。
そして
――――
颯は、大きく息を吐いた。
「また宗教テロかよぉ、あいつら覚悟ガンギマリだから動き変だしやり辛ぇんだよな」
空中で背伸びをしながら愚痴を吐く颯に、艦長の本田竜馬は白い顎髭を摩りながら返す。
「死ぬくらいなら市民の命を巻き込まずにとっとと死んどきゃいいのにな」
八咫烏軍の、五芒星が前面的に押し出された予告映像が、艦橋の大型立体映像機に映る。
本田はその映像を見ながら、磁気靴の爪先をリズミカルに、床に軽く叩きつける。
赤道直上、地球環内の静止軌道。
鏡張りの船はあたり一面を埋め尽くすほどの、無機質な金属破片の群れの中、白銀色を船体に映し出して息を潜めている。
本田は愚痴をこぼす。
「それ以前に、八咫烏とか言われると風評被害が心配なんだよな。この船天照って名前じゃん?」
「そんなん気にしちゃうんすか、本田さん」
「風評はお前の思ってるよりも大事だぞ、颯」
本田が颯を諭したと思えば、奥から別の声が聞こえてきた。
「颯せんぱぁい、見てくださいよこれ」
目を擦りながら艦橋に入ってきた素晴が掲げた立体映像を見るために、颯は天井を蹴って素晴の元に着地した。
「おはよ、素晴。どれどれ……うわ、めっちゃ叩かれてんじゃん」
そこには、インターネット上での八咫烏軍を批判するコメントが大量に表示されていた。
「馬鹿を見た途端、馬鹿を叩かないと生きていけない馬鹿たちだな、いつも通りだ」
颯は呆れた声で言いながら肩を一瞬持ち上げた。
それに素晴は頷き、批判の言葉を言うために口を開いた。
「自分より下かもしれない人を下だと世界に言っておかないとプライドが持たないんですよ、この人たちは」
「寝起きなのに舌はキレッキレだな、あんた」
「僕の取り柄なのでね」
素晴は眠気の漂う目でウインクをしてみせた。
そのまま素晴は踵を返し、自室に戻って行った。
「さて、俺たちもそろそろ船の調整を済ませなきゃな」
そう言いながら本田は首を左右に傾げ、骨を鳴らした。
颯は振り返り、本田の方を向いて言った。
「ですね、俺も神原を急かしてきます」
「そうだな、叩き起こしてこい」
「金属バットってどこにあります?」
「それはないが、ベンチプレスなら遠心区画のジムにあるぞ」
「ういっす」
颯は床を蹴り、艦橋から泳ぐように廊下に出て行った。




