番外編 もくもくともふもふの休日
空の上にも、お休みがある。
もっとも、雲たちにとって「お休み」というのは、人間みたいに決まった曜日のことじゃない。
風がやさしくて、雨の予定がなくて、空気がほんの少し甘い。
そんな日が訪れると、「あ、今日は休日にしよう」と、自然と決まるのだ。
その日の木かげ町の上空も、まさにそんな“のんびり日和”だった。
「ねえ、もくもく。きょう、なにして遊ぶ?」
小さな雲・もふもふが、ぽわんとした声で聞いた。
大きな雲・もくもくは、ふわふわと膨らみながらのびをした。
「うーん、どうしようかな。風も穏やかだし、木かげ町の上で昼寝でもいいけど」
「もくもくは昼寝ばっかり。せっかく晴れてるのに!」
もふもふがぷくっとふくれた。
その顔が面白くて、もくもくは笑った。
「じゃあ、もふもふが決めていいよ。今日はお休みなんだから、楽しいことをしよう」
「ほんと? じゃあね――」
もふもふはしばらく考えて、くるんと回った。
「“木かげ町ツアー”!」
「ツアー?」
「うん! いつもはお仕事で雨を降らせたり、風を運んだりしてて、ちゃんと見たことないもん。今日はゆっくり木かげ町をながめたいの!」
「なるほど、それはいいね」
もくもくはごろりと姿勢を変えた。
「じゃあ、もくもくともふもふの“空から見える木かげ町観光”のはじまりだ!」
ふたりの雲は、ゆっくりと流れはじめた。
◇
最初に見えてきたのは、木かげ神社だった。
長い石段を登ると、境内には大きなクスノキが立っている。
その枝には、春に咲いた桜の花びらが、まだ少し残っていた。
「わあ……さやがよく来てたところだね」
もふもふが目を細めた。
「うん。あの神社、冬の間は雪の帽子をかぶってたけど、今はもう脱いじゃったね」
もくもくはふんわりと形を変えて、神社の上でくるりと輪を描いた。
その影が境内の砂に落ち、まるで巨大な円を描いたように広がる。
「ねえ、見て。あの欅の木の根元」
もふもふが指をさすように小さなもくもくを伸ばした。
そこには、ちょこんと顔を出した小さな芽。
あの冬の日に、さやが見つけた芽だった。
「元気そうだね」
「うん。風に話しかけてもらってるんだよ、きっと」
ふたりはしばらくその光景を見つめていた。
風がそっと吹いて、芽が小さく揺れた。
その動きがまるで「こんにちは」と言っているようで、ふたりの雲は同時ににっこりした。
◇
次にふたりが流れついたのは、もみじ通り。
秋のあの日、もくもくたちがこっそり手伝った“紅葉の嵐”が思い出された。
「このあたり、色を塗りすぎちゃったよね」
「うん。でも、すっごくきれいだったよ」
もふもふが誇らしげに体をふくらませた。
今はまだ、春の若葉の季節。
通りには新しい緑が揺れていて、その間を風が通り抜けるたび、木漏れ日が踊っていた。
もくもくは、町の屋根の上に影を落とした。
「見て。さやがあの道を歩いてるよ」
下をのぞくと、小さな影が通りをゆっくり歩いていた。
手には、リボンのついた小さな糸車。
風のつむぎ。秋の日に見つけた、あの糸車だ。
「まだ大事にしてくれてるんだね」
もふもふの声がやわらかく響いた。
「ねえ、少しだけ風を送ろうか?」
「そうだね。そっとね」
ふたりは息を合わせて、ふうっと優しい風を送った。
さやの髪が少しだけ揺れた。
リボンがきらりと光って、空を見上げる。
さやは気づいたように、にっこり笑った。
空の上で、もくもくともふもふは思わず手を振った。
◇
午後になると、空の色がほんの少し金色を帯びてきた。
もくもくは大きく伸びをして、もふもふを見た。
「そろそろお昼寝の時間かな?」
「もう~、ほんとに寝るんだ!」
もふもふはあきれながらも、笑っていた。
「じゃあ、今日は一緒にお昼寝しよ。木かげ町を布団にして!」
「いいね」
ふたりはゆっくり形を変えて、並んで横になった。
下の町からは、パン屋の煙突の匂いがふんわりと上がってきた。
焼きたてのパンの香ばしさが、雲の中まで届く。
「……いい匂い」
「あんな匂いの雨を降らせたらみんな喜ぶかな」
「それは無理でしょ」
もくもくともふもふは笑いながら、町を見下ろした。
学校の校庭では子どもたちが走り回り、川では魚がぴょんと跳ねた。
その全部が、木かげ町というひとつの“いのち”のように感じられた。
◇
やがて夕方。
空がオレンジ色に染まり、もくもくともふもふの輪郭も金色に光っていた。
「きょうの木かげ町、きれいだったね」
「うん。春のにおいがしてた」
ふたりの間に、静かな風が通り抜けた。
その風の中に、どこかで聞いた声がまじっていた。
『またね、もくもく。もふもふ』
「……さやだ」
「うん。聞こえたね」
夕暮れの空に、木かげ町の灯がひとつ、またひとつと点いていく。
その光が、星の音みたいにやさしく瞬いていた。
もくもくは空の高くを見上げた。
「なぁ、もふもふ」
「なあに?」
「俺ら、また雨を降らせに来よう。春の雨を」
「うん! でも、今度は力加減、ちゃんとね」
ふたりは笑いあい、くるくると形を変えた。
空の上で雲たちは、のんびりと風に乗って流れていく。
休日の終わり。けれど、それはまた新しい日々のはじまりでもあった。
◇
夜が来る。
もくもくは大きく息をついて、静かに空を広げた。
もふもふはその上に寄り添うようにして、ふわりと丸くなった。
「おやすみ、もくもく」
「おやすみ、もふもふ」
木かげ町の明かりがゆっくりと瞬く。
その光はまるで、空の雲たちへのおやすみの手紙のようだった。




